Hitoshi Ota

2018年3月末22年勤めた会社を退職しました。
「暮らし、味わう。」をテーマに
食のセレクトショップ&カフェ テマヒマ
OPENに向けて準備中の45歳です。

記事一覧(2223)

里物

こんにちは。民藝と発酵をモノサシに食を通して健やかな暮らしを提案する古民家セレクトショップ&カフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。飛騨高山の工藝店・やわい屋店主・朝倉圭一さんによるZINE「雑考」が届いております。シリーズ第3弾のテーマは「関係の美」。早速お求め頂いた方もいらっしゃってありがとうございます。書籍のご案内をする時に、内容に触れ過ぎずにご紹介するのって本当に難しいなと思います。書評ってどうやって書くのでしょうね?というわけで、読んだ中で気になった言葉を一つだけピックアップして思索を進めてみたいと思います。それは70年代の工業デザイナー秋岡芳夫の「里もの」という言葉。お恥ずかしながら初めて知りました。以下、朝倉さんの引用からの引用。「今では、メーカーものが八割を占め、益子や砥部や輪島などのいわゆる産地ものが二割を占めるに至っている。作り手と使い手の意志が十分にかわされたうえで作られる里ものは、今日無きに等しい。里ものとは私の造語だが、要するにコミュニティー(共同体)の中で使い手の意見を反映させながら作られた製品である」秋岡芳夫がどういう文脈で里ものという言葉を産み出したかは分かりませんので、ここからは僕の誤訳・誤釈になりますが、僕の中では「里山」という言葉と結びつきました。ご存知のように、里山とは、人里と奥山の間・あわい。人里に隣接していて、人の手が適度に入った場所、人が作った自然。民藝は自然と人の共作、自然の恵みをいただいて生まれたモノですから、里もの=民藝とは単純に言い難い気もしますが、素敵な言い回しだなぁと。里山資本主義という言葉もあって、本で読んだのに詳細は忘れてしましましたが、行き過ぎた資本主義に対して、資本主義を完全に否定するわけではなく、もう一つの軸としての提案だったと理解しています。喩えるなら人里を離れて奥山に行こう!ということではなく、人里と里山を行き来しましょうぐらいの感じ。ただ、先程の秋岡芳夫の言葉は、「結論的には、里がなくなったから、民芸がなくなったといえる」と続きます。秋岡芳夫が語った1970年代からさらに半世紀も進んで、もっと里は無くなってるでしょうし、その理屈で言えばもっと民芸もなくなっているということになります。先程の文章からすると、物理的な場所としての「里」もですが、「コミュニティ」を指しているように思います。僕の立場としては、民藝は無くなってしまったと嘆くよりは、今の民藝って何だろう?を考えたい。現代の「里」って何だろう?って考えたいのです。同じく「土徳」という言葉についても、現代の都市における「土徳」って何だろう?ということを考えたい。土徳については、テマヒマブログで何度か登場していますし、土徳というタイトルでもブログを書きました。

分業

おはようございます。民藝と発酵をモノサシに食を通して健やかな暮らしを提案する古民家セレクトショップ&カフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。3月に、ステンレスのキッチンツールブランドconteさんのPOP UP SHOPを開催しましたが、そのプロデューサーの一菱工業・江口さんに1日在店、お話会をお願いしました。現地燕三条に行って実際に工場見学するのが理想的ではあるのですが、テマヒマで直接お話をうかがうことが出来、製品の解像度・理解度が上がり、お客様へのご説明も説得力をもってお話出来るという経験がありました。小島紗和子さんの螺鈿作品について、これまで百貨店催事出展時などでスポット的にお取り扱いさせて頂いてきましたが、9月の某百貨店の某催事を前に、理解を深めておきたいと思い、丹波にある(ご自宅兼)工房を昨日訪ねました。conteさんのご紹介をした際に「分業」ということについて書きました。分業は生産効率を上げるもので資本主義の主要な構成要素だが、極度に細分化が進むと人間は部品の一つのようになってしまう問題がある。一方、人と人、社会を結びつける役割もあるということをアダム・スミスの言葉(を解説した品川皓亮の「資本主義と、生きていく。」)を通して書きました。紗和子さんと1日お話していて「分業」ということを改めて考えていました。

蜻蛉

こんばんは。高槻市にある、民藝の器、暮らしの道具、食に関する古書のセレクトショップ、お味噌や発酵食品中心のカフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。テマヒマのお庭には山椒の木があります。現在のお味噌汁を選べるおばんざいセットでは木の芽を使って木の芽味噌をご提供していますが、次回のメニューで山椒の実を使うので、今朝刈り取っていました。今年は本当に沢山実がなっていて、2018年に植えてから8年目で一番の収穫でした。すると山椒の木の横の梅の木(植えてから一度も花が咲く前に枯れ木となってしまいましたが)に蜻蛉(とんぼ)がやってきて留まり。長いこと留まっていました。何度か飛び立っては何度も戻ってきて留まっていました。店主(うちの奥さん)とお義兄ちゃんが来たんかなぁって話していました。「智(とも)~って」義母が亡くなった直後も、うちの家(当時は寝屋川市香里園のアパート3階)の窓のところにずっと蜻蛉がいてて、うちの奥さんはお母さんを感じたと言います。義父の時は、それはお盆になってからですが、蜻蛉がうちの家にきてました。玉井家はみんな亡くなると蜻蛉になる?今年初めて蜻蛉を見ました。なんか早くないですか?テマヒマのお庭の紫陽花も今が見頃ですが、お越しになったお客様皆さん「早いですね」と仰います。先週の今日、発酵デザイナー・小倉ヒラクさんと、編集者・藤本智士さんのトークイベントを聞きに行きましたが、その中でヒラクさんが紹介していた話がとても興味深かったです。奄美大島では、魂のことを「マブイ」と言うそうで、「マブイが落ちる」とか「マブイを拾う」みたいな表現があって、生きている時から魂が身体から出たり入ったりするという考え方があるそうです。それとはまた違いますが、沖縄の骨壺である「厨子甕」は蓋がピタッとしているわけではなく、あちらの世界とこちらの世界を行ったり来たり出来るような意味があるという話を聞いたことがあります。子宮にも似た沖縄独特の墓「亀甲墓」の前で親族が集まって宴会をするのも、あちらの世界とこちらの世界の境界が曖昧なためという話を聞いたこともあります。生命は循環するという死生観という話も。胎内回帰と輪廻転生って似て非なるものですよね。人は亡くなった後、どうなるのでしょうか?テマヒマは明日明後日で火曜日水曜日定休日です。木曜日11時オープンで皆様のお越しをお待ちしております。ランチのご予約は入っていませんので現時点ではご予約無しでもお席ご案内出来るかと思います。それでは木曜日も好いモノ、好いコト、好いトキをテマヒマで。今日も1日お疲れ様でした。好い夜をお過ごし下さい。

故障

こんにちは。高槻市にある、民藝の器、暮らしの道具、食に関する古書のセレクトショップ、お味噌や発酵食品中心のカフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。先月末のことですが、突然、お店の厨房の排水溝がつまり、シンクに水があふれ、溜まりました。その日はちょうどスタッフ全員が集まっての次のメニューの試作・試食会の日だったのですが、慌てて業者さんを呼んで修理してもらいました。そしてその翌週のこと、今度は厨房の台下冷蔵庫の温度が下がらなくなり、慌てて業者さんを呼んで修理してもらいました。えっ!?こんなに続く!?って驚きつつ、修理代の高さにまた驚きました。急なことで、請求額の妥当性(問題の重篤度)は分からないまま、でも、すぐに直ったことのありがたさや安堵の方が大きく、お支払いしました。いずれも故障が発生したり判明したのが、営業中ではなく、定休日だったのが不幸中の幸いでした。我々夫婦もともに50代になって身体のあちこちにガタが出てきていますが、お店も7年8か月ともなると、色々なところにガタが出てくるのでしょうね。・・・・2008年、母を亡くしたのですが、その直前ぐらいに僕は財布を紛失しました。当時東京で仕事をしていて、新幹線で大阪に移動して、亡くなる前の母に病室でその話を雑談でしていたら「あんた運悪いな」って言われ、苦笑をしてしまったのを覚えています。あとで、何かで調べたら、財布を落とすとかといったトラブルは、身内を亡くす前兆とかって言われてるようです。もしかして、排水溝が詰まったり、冷蔵庫が壊れたりしたのは、義兄が亡くなる予兆だったのか・・・??と思って、ググってみたら・・どうも関係なさそうです・・・。占いや予言の類いは、受け手側の想像力によるところが大きいと思います。8年目ともなると色々問題も発生しますね。同じく飲食店を営んでらっしゃる皆さんの参考になりましたら。。。いやそれにしてもちょっと早くない!?義兄が亡くなったのが先週の今朝のこと。まだ1週間なのにずっと前のことのような、まだ現実のことでないような。日常は確実に流れ進んでいるのですが、なんか変な感覚です。テマヒマは間もなく本日の営業終了します。ほぼランチタイムに集中していましたがお越し頂きました皆様ありがとうございました。その中に前職の同僚もいて、開店後初来店までの最長(最遅?)記録が更新されました。未だにそうやってお越し下さることに感謝です。ランチで満席の為お断りしてしまった皆様申し訳ございませんでした。明日も11時オープンで皆様のお越しをお待ちしております。ランチの11時半,12時のお時間はご予約で満席の為少し遅めにお越し頂くのがおススメです。12時以降のお時間はお料理の確保予約(お席は空き次第のご案内)も承っております。それでは明日も好いモノ、好いコト、好いトキをテマヒマで。今日も1日お疲れ様でした。好い夜をお過ごし下さい。

参考

こんにちは。高槻市ある、民藝の器、暮らしの道具、食に関する古書のセレクトショップ、お味噌や発酵食品中心のカフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。昨日は、大阪市東洋陶磁美術館に行って、兵庫県民芸協会の読書会に参加した後、阪神百貨店1階食祭テラスで始まった「木桶による発酵文化サミット」にお邪魔しました。今年で5回目となる催事ですが、お目当ては、発酵デザイナー小倉ヒラクさん×石崎髙人(いっしー)さんによるポットキャスト番組「Radio#ただいま発酵中」の公開収録。ゲストは味噌探訪家の岩木みさきさん。岩木みさきさんは、最近TV番組「マツコの知らない世界」の「みその世界」に出演されたばかりなのでご覧になった方も多いのではないでしょうか?パーソナリティお2人とみさきさんとのトークの中で、味噌探訪を始めて約10年の中でどういう変化があったか?という話がありました。当初、右も左も分からなかった頃に比べて知識が増えたり、訪問を重ねたりすることもあったり、蔵元さんが代替わり・若返りしたりもあったりで、オープンマインドになってきた気がすると、みさきさんが仰っていて、それに被せるかたちでヒラクさんから醸造家同士の交流も昔に比べて活発になってきてるという話がありました。

未届

おはようございます。高槻市にある、民藝の器、暮らしの道具、食に関する古書のセレクトショップ、お味噌や発酵食品中心のカフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。5/25に予定していた茨木市のぬか太郎さんによる「ぬか床作りワークショップ」ですが、開催1週間前の昨日の朝段階でお申込みが0(ゼロ)だった為、講師とも相談の上、中止の判断を致しました。コロナ禍を挟んで、通算6年目、6回目の人気講座だったのですが、お申込みがなければ致し方ありませんね。。。中止の判断をした後、昨晩になってお一人お申込みがあったのですが、時既に遅し・・・興味はあるんだけど今回はタイミングが合わなくて残念・・・という方もいらっしゃるかとは思いますが、その興味がある人、求めてる人のもとに届いていないのでは・・・という疑念が僕にはあります。実は、このぬか床作りワークショップの前にも、薬膳入門編、親子味噌玉作りが、同じく参加者申込0(ゼロ)の為中止となり、3講座立て続けになります。親子味噌玉作りの時は日程が合わなかたっかのかな?薬膳入門講座は座学だけに変更したからかな?などと思ってたりしたのですが、これだけ続くと、インスタのアルゴリズム(変更)により、うまく届かなくなっていることを確信せざるを得ません。フォロワー数がありがたいことに1万に達していますが、イベント告知に限らず、通常の投稿も、それには比例せず、届いてないなぁ感があります。これまで、路地裏のとても分かりにくい場所にあるテマヒマにこんなに多くのお客様がお越し下さっているのは、インスタのおかげだったと思いますし、今も、インスタいつも見ていますとか、インスタで知りましたというお声を頂くので、インスタをやめるということもありませんが、インスタに依存しない、アルゴリズムに左右されない、足腰というか、根というか、お店の強度を持ちたいものです。テマヒマは今日明日火曜日水曜日で定休日で、木曜日11時オープンで皆様のお越しをお待ちしております。それでは好い1日を。

何者

こんにちは。民藝と発酵をモノサシに食を通して暮らしの健やかさを提案する古民家セレクトショップ&カフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。昨年東京で開催された「風景と創ー山水土瓶こうこう」という展示会の記録集が出来たというのをSNSで見聞きして、その中に民藝の若き研究者・佐々風太さんが「無名性試論ー皆川マスと柳宗悦ー」を書いてらっしゃるのを知って、風太さんにお願いして送って頂き、論考を拝読しました。前提として、山水土瓶と皆川マスさんについて少しだけ触れておくと、元々は確か信楽とかで作られていた山水土瓶は益子でも作られるようになり、その名の通り土瓶に山や川を描いたもの。実際の風景というよりは、多くの職人により、数多く作られたことにより、模様化し、抽象化し、日々繰り返し描かれることで美しさが生まれる、「他力」「作為の無さ」「無心の美」といった言葉でも語られる、民藝美論の象徴的な存在。栁宗悦も絶賛し、濱田庄司が益子を選んだ理由の一つとも言われています。中でも皆川マスさんは一日何百個のもの土瓶に絵付けをしていたという逸話があります。皆川マスさんのことを語る時、時代は下って昨年亡くなられた、濱田窯の職人さん・高根沢光子さんのことをどうしても連想してしまいます。急逝された際「有名になった無名の職人」というブログを書きましたので、よろしければご覧下さい。

急逝

義兄・玉井敏行(店主の兄)が5月15日に急逝しました。前日夕方、自宅で倒れたと連絡を受け夫婦で急いで病院に向かいましたが、脳幹出血だったのですが、積極的な治療も出来ない状態で、家族・親族み看取られながら翌朝亡くなりました。急過ぎる死、早過ぎる死でした。享年57歳。命は脆く、儚い。16日のお通夜、17日の告別式には、本当に沢山の皆様にご参列に頂きました。記帳受付をさせて頂いてましたが、遠方からの方も多く、義兄が全国駆け回っていたのを感じます。実際亡くなる前日は長野にいて、翌日から九州に行く予定だったそうです。枚方でやんちゃだった中学時代のお友達もいらっしゃって(そういえば2002年に義母が亡くなった時もお越し下さってました)、ビー・バップ・ハイスクールばりの気合の入った写真も見せてもらったので記念に?載せておきます。病室に集まった家族・親族もそうですが、亡くなることで、人と人を再会させたり、繋いだりすることがありますね。そして皆さんから自分達の知らない玉井敏行を聞いたり、感じたりする機会でもありました。波乱万丈な人生だったと思いますが多くの人に愛された人生だったと思います。義母さんが亡くなったことをきっかけに、うちの奥さんは食の大切さに気が付き、お味噌や発酵食品に目覚め、のちのテマヒマ開店への道となった訳ですが、義兄も、食や健康を意識するようになり、さらに「住まい」、呼吸する家・通気断熱WB工法の仕事へと導かれていきます。土づくりへもフィールド広がっていて、不思議と兄妹の興味関心事は近接していました。ここ数年、義兄夫婦とは、年末に神戸三宮の野菜居酒屋いたぎ家さんで忘年会的に呑みに行ったり、お正月に加古川の自宅(もちろんWB工法!)にお邪魔したりしていました。色々な話をしましたが、必ずといっていいほど話は日本の住宅の問題や、建築業界の話になりました。なかなかままならないもどかしさを抱えつつも、熱く語る様子からは、今一番仕事がのっている時期なんだろうと感じていました。サラリーマン時代よりテマヒマ起業後の方が僕自身は義兄とよく話すようになった気がしますが、アドバイス的なこともお話していて(それが今年テマヒマコンサルを始めようと思った遠因でもあります)、今となってはもっと具体的なお手伝いが出来たのでは?と後悔もあります。我々夫婦はともに癌などで父母を見送っていますが、お見舞いや看病など共に過ごす中で、徐々に心の準備というか、それを受け入れるための時間があったように思います。今回はあまりに突然のことで、急過ぎて、早過ぎて、なかなか気持ちが追い付かないです。義兄本人がおそらく一番無念だったと思いますが、無念と感じる暇さえ無かったと思います。死への恐怖ということについてこのブログでも何度か触れてきました。これだけ多くの親族を見送ってきていながら、息を引き取るその瞬間に立ち会ったのは今回が初めてでした。波形が直線になるあの瞬間何が起こっているのか?何が最期を決めるのか?脳なのか?身体なのか?臓器?細胞?意思って何?意識って何?命って何?魂とは?生きるとは?運命とは?死んだらどうなるのか?神はいるのか?・・・・病院にいる時間、数々の「問い」が押し寄せていました。。。どれも答えのない「問い」ですが。。。通夜式、告別式では、義兄の好きだったサザンが流れていました。普段僕はそんなにサザンを聴かないので、桑田佳祐のサザンより、カラオケで玉井敏行のサザンの方がよく聴いてたぐらい。義兄は意外と高音域で唄います。きっと聴くと義兄を思い出すと思うので、暫くはサザンを聴けそうにありません。兄上、おつかれさまでした。ありがとうございました。ゆっくりお休みください。見守りください。

天職

こんにちは。暮らし、味わう。民藝と発酵をモノサシに食を通して暮らしの健やかさを提案する古民家セレクトショップ&カフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。先日、テマヒマのことを「分かりにくい」お店と表現しましたが、「分かりやすい」評価軸ではないものの、手前味噌ながら、なかなか良いお店なんじゃないかなと思ったりもします、僕がやっているということを除けば。自画自賛なのか、自虐なのか笑。所謂接客業経験はありませんでしたし、所謂接客業に向いているとも全く思っていません。立場が人を作るということが言われたりもしますが、7年7ヶ月が経ち、少しはなんとかなってるでしょうか?どうでしょうか?このテマヒマブログでも何度も登場し、ご著書もお取り扱いさせて頂いてきた、クルミドコーヒー・胡桃堂喫茶店の店主・影山知明さんは、東大卒、マッキンゼーやベンチャーキャピタルを経て起業されていますが、カフェを営むことは「天職」と仰っていてすごいなぁと。夫婦で始めた「テマヒマ」ですが果たして「天職」とまで言えるかしら?もしかしたらご著書に書いてらっしゃって見落としてたのかもしれませんが、「天職」とは英語でCallingと表現するという話を音声メディアで影山さんがされていました。キリスト教的な感覚なのかもしれませんが、神様に呼ばれ、使命を授けられる、という意味だそうです。自分で選んだのではない、或いは自分で選んだことの意味を後で気づく感覚。そう言われると、妙にしっくりくるというか。腑に落ちるというか。カフェ開業は夫婦の昔からの夢なんです、ということではなく気がついたらここに辿り着いていたのが我々。最近、「今日」とか「直線」というタイトルで続けて書いているような、現在或いは未来から過去を意味づけするという時間感覚にも共通する気がします。内田樹さんは「街場のメディア論」の中でこんな喩えをしていました。世の中には入れ歯が合う人と合わない人がいる。それはマインドセットの問題で、合う人はその入れ歯を受け容れてなんとかしようと考える人、合わないと思う人はもっと合う入れ歯があるはずだと考える(そしていつまでも合う入れ歯には出合えない)人。結婚でも、就職でも一緒で、もっといい相手がいるはず、もっと自分に適正がある仕事があるはず、という人はいつまでも見つからない。この本は大学生向け授業を書籍化したものなので就職の話になるのですが、自分の適正や潜在能力にあった職業を探すのではなく、まずは仕事をして、その中で自分の中にどんな適正や潜在能力を発見する順序が正しいと、「天職」「適正」というものを否定します。毎月参加させて頂いている兵庫県民芸協会の読書会。栁宗悦の「民藝四十年」の論考を順に読み進めています。参加者のお一人、最若手・大学生のHさん(4月から島根の窯元に弟子入りされました)がある時、職業選択の自由があることの贅沢さみたいな発言をしていました。職業選択の自由が実は当たり前ではないことに自覚的であることにとても感心しました。一方、モノ作りを家業としていて、継ぐのが当たり前とされていることも多く、その場合、適正の有無よりも、日々の積み重ねにより、技術や心を鍛え、適正・化していく感じなのかもしれません。天職というものは、外に探しに行くものではなく、内から生まれ、育んでいくもの、ということでしょうか。自分で「選択する」ということへのこだわりをよく書いている気がします。それは情報過多な中にあって、プラットフォーム側のレコメンドなどにより、本当に自分で選んでいるのか?もしかして選ばされているのでは?という問題意識があることによります。ここまで書いてきたたこととは勿論全く違う文脈です。テマヒマは昨日今日火曜日水曜日で定休日です。明日11時オープンで皆様のお越しをお待ちしております。ランチの11時半,12時のお時間はご予約で残り4席となっています。さて、テマヒマで使用しているお野菜(の一部)は、地元高槻の有機無農薬にこだわった農家さんにお世話になっていますが、有機無農薬のニンニクを明日からテマヒマで販売させて頂きます。テマヒマでのお野菜の販売ってやってそうでやってない、滅多にない機会かと思いますので、是非是非~!タイトル画像がなんでニンニク!?と思われたかと思いますがそういう理由でした。それでは明日も好いモノ、好いコト、好いトキをテマヒマで。

併存

こんばんは。高槻市にある民藝の器、暮らしの道具、食に関する古書のセレクトショップ、お味噌や発酵食品中心のカフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。民藝や発酵に共通する「作為の無さ」「他力」的な意味でも、中動態ということについて興味を持っていて、テマヒマブログでも何度か言及してきましたが、國分功一郎さんの「中動態の世界」は未読で、最近やっと読み始めました。また読み終わった時点でテマヒマブログでも書きたいと思いますが(読書感想文or書評ブログ化してる?)、昨日朝刊を読んでたら、その國分さんの言葉が紹介されていました。「哲学がない時代は不幸だが、哲学を必要とする時代はもっと不幸だ」「声に出して読みたい日本語」みたいな言い方すると、「声に出して使ってみたい言い回し」。なんかこんな風なん言うてみたい笑。というのは冗談として、なんかすごく分かりますよね。テマヒマでやっている哲学対話/臨床哲学もそうで、実際に哲学カフェを始めてみて、今求められていることなんだなぁと気が付きましたが、哲学カフェが求められるという今という時代は必ずしも幸せな状態ではないように思います。「哲学対話がない時代は不幸だが、哲学対話を必要とする時代はもっと不幸だ」ちょっと無理して展開していくと「経営哲学がない会社は不幸だが、経営哲学を必要とする会社はもっと不幸だ」。経営哲学、経営理念、経営思想、これらの言葉の意味やレイヤーの違いは一旦置いておいて、まるっと経営哲学としておいて。ある会社(とオブラートに包んでも特定の会社であることは自明なのですが)が傾いていったことについて、面白い、ちょっと変わった会社が普通の会社になっていったから、という仮説をこのテマヒマブログでも書いたことがあります。言い換えると、世の中と同じ分かりやすいモノサシで測ろうとする、合わせに行くことでどんどん独自性を失っていくということが起こっていたのだろうと思います。