擁護
おはようございます。
暮らし、味わう。
民藝と発酵をモノサシに
食を通して暮らしの豊かさを提案する
古民家セレクトショップ&カフェ テマヒマ
プロデューサー,バイヤーの太田 準です。
民藝の擁護の中で、松井健さんは、柳宗悦ら
がもたらした価値転換を千利休の茶との対比
・類似を解説していますが、柳は茶「道」に
対しては厳しく批判していたものの茶とは同
質な点も多く、柳の批判はそのまま民藝「運
動」の「組織」に跳ね返ってくるという指摘
はなるほど考えさせられるところです。千利
休が選んだものが、織田信長や豊臣秀吉によ
って価値が保証され、有限な黄金や田畑に対
して、茶道具が高額な交換材として流入した
ことで、経済規模が拡大した、という見方は
とても面白いところです。
新奇さ(旧いものに対する)、個性(他者に対する)を近代におけるモノ作りの病根だとして
作り手に「我」を主張したり「知」の企みを
加えたりせず、自由で安らかな気持ちでごく
当たり前のものを作れば必然的に美しくなる
はずだという趣旨のことを柳宗悦は述べたと
いう記述がありましたが、配り手の場合はど
うなのだろうか?と考えたりもしました。
「覚えるのに三年、忘れるのに十年」
「巧匠は跡を留めず」
という濱田庄司の言葉や
「模様から模様をつくらず」
という富本憲吉の言葉も、作り手だけでなく
配り手としても何か共通して言えることでも
ある気がします。
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