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こんばんは。


高槻市にある、民藝の器、暮らしの道具、食に関する古書のセレクトショップ、お味噌や発酵食品中心のカフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。


記録は破られるためにあるという言葉もありますが、構造上破られやすい記録、破られにくい記録ってありますよね。先日、前職の同僚の初来店までの最長期間記録(最遅記録)が更新されました。退職して8年以上経ってもそうやってお越し頂けることに感謝です。この記録は破りやすい系の部類かと思いますので未だお越しで無い元同僚の皆様お越しをお待ちしております。


これまで、親戚の中での最年長記録は、僕の母方の祖母の妹、三重県桑名に住む大叔母。息子さん(母の従弟=従叔父)と一緒に来てくれました(※ちなみに今回のブログを書くにあたって、この続き柄の呼称はネットで調べて書いてます)。開店してすぐぐらいのことですが、当時何歳だったでしょうか?大叔母さんとは祖母のお葬式以来だったかな?従叔父とは母のお葬式以来だったかな?


そして、今日最年少記録が生まれました。店主(うちの奥さん)の姪の子供・Y君4歳。うちの奥さんは双子の姪達からは「ともこねぇちゃん」と呼ばれていますが、叔母。Y君からすると祖父の妹、大叔母にあたります。大叔母かぁ(遠い目)。彼は続き柄で言うと大甥ということになります。


Y君との初対面は3週間前、義兄が亡くなる直前の病室にて。義姪との再会も何十年ぶりって感じでした。まさに義兄が出会わせてくれた、繋いでくれた、といってもよいと思います。でもそれをきっかけにご家族で岸和田からわざわざ高槻のお店に来てくれる彼女の行動力も素晴らしい。もしかしたら、一緒に暮らせてなかった父の痕跡を集めたり、思い出を作ったりしようとしているのかもしれません。理解のあるご主人も素晴らしい。


親戚にしろ、元同僚にしろ、家に遊びに行くってなると難しいですが、こうやってお店をやっていると会おうと思えば会いに来てもらえる、会えるというのが良い点ですね。忙しい時だとバタバタしててゆっくりお話出来ないこともありますが、今日はちょうど一日雨で、お客様もとても少なかったので、姪っ子ご家族とゆっくり話も出来て良かったです。Y君の無邪気で可愛い姿に癒されていました。ぽそっと「じいじ死んでしまってん」って漏らすのにやられたりしながら。中学生の時に叔父(母の弟)が亡くなり身近な人の死を初めて経験したわけですが、4歳のY君はどんな感じなのでしょうか?


タイトル画像は、姪のKちゃんご夫婦が結婚した時にお祝いが出来てなかったのでということで、店主からのプレゼント。Y君の器も含めお買い物を楽しんで頂きました。またのお越しをお待ちしております。


テマヒマは間もなく本日の営業終了します。雨の中お越し頂きました皆様ありがとうございました。明日も11時オープンで皆様のお越しをお待ちしております。ランチの11時半、12時のお時間はご予約で残り1席となっています。12時以降のお時間はお料理の確保予約(お席は空き次第のご案内)も承っております。


それでは明日も好いモノ、好いコト、好いトキをテマヒマで。

今日も好い一日を。

こんばんは。


民藝と発酵をモノサシに食を通して健やかな暮らしを提案する古民家セレクトショップ&カフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。


雑誌民藝最新号のテーマは「雪国の編組品」。冬の農閑期に雪に閉ざされた中で生まれる仕事。時間や祈りが編み込まれたかのような仕事。テマヒマでは須浪亨商店さん(倉敷)のい草のお仕事をご紹介したり、竹細工ワークショップを開催したりはしているものの扱い自体も少ないのでこれから読んで勉強したいと思います。テマヒマでは2018年10月号から雑誌民藝のバックナンバーがございます。奥の本棚(テマヒマ文庫)にてご覧下さい。テマヒマは本屋でもあるので勿論販売していますが、(ブック)カフェでもあるのでお待ちの時間に読むだけでも勿論OKです。


小倉ヒラクさんの「僕たちは伝統とどう生きるか」の中で、小文字の伝統は、「血」ではなく、「手」で継がれていくということを述べていて、民藝や発酵という「手仕事」に日常的に触れている僕としてはとても腑に落ちましたが、この雑誌民藝6月号に収録されている柳宗悦の論考が「手と道具」。


この論考の中で、「手を尽す」「手がかかる」「手に余る」「手を抜く」、、、「手」を使った言葉がいかに多いかと紹介して、本当に沢山の言葉があります。僕ならそれ以外に、「お手入れ」とか「お手当て」という言葉を加えたい。


お店をやっていてお客様に、器や道具、特に漆器や真鍮が多いですが、「お手入れ」についてよく聞かれます。色々ご説明した上で、「日々使い続けることが一番のお手入れです」ということをよく言っています。自宅で真鍮のカトラリーが暫く使わず引き出しの奥で眠ってるうちに錆びてしまった経験が大きいです。不断使いすることで愛着も増し、実際に育っていく。栁宗悦流に言えば、使い手のもとで民藝になります。手を入れ続けることがお手入れ。


怪我をした時に「手当て」しますが、おそらく医療技術がまだ発達してなかった時は、怪我をしたところに「手を当てた」ことが語源なのでは?と想像しますが、文字通り「手を当てる」ことで治ったり、治った気になったりすることってありませんか?〇〇手当にみたいな使われ方だと手当てがお金の意味に変わるのも面白いですよね。


柳の論考後半で、どんな動詞も手と云う字と結ばれるとして、読み手、書き手、働き手、、、様々な例を紹介して、日本人が手の世界と深い関係にあることを述べます。ここで言う「手」は「人」のことですから、「手」=「人」、「人」=「手」とさえ言ってもよいと感じました。「手には体と心とが結びついている」という一節もあって本当にそう思います。人の心と体は結びついている。


最後に、「今後手で出来ないもの、手では余り手間がかかるものなどは、器械の助けを借りる方が至当であるんは申すまでもありません。只私達は、今後どんな器械の必要が多くなっても、手仕事の価値を忘れるようなことがあってはなりません。」とありますが、この論考から80年強が経ち、機械化、デジタル化、さらにはAIの登場と時代が進み、さらに「手仕事」「手料理」・・・・「手」の重要性は大きくなってくる、求められる気がしますね。民藝も発行も、手間暇も。


少し前に中国で開催されたフィジカルAIのマラソンというニュース映像を見ました。それを見て、心が動くということはありませんでした。皆さんはどうでしたか?

フィジカルAIが発達していった時、どこまで人間の「手」を代替するようになるのでしょうか?


昨晩から今朝にかけて近畿地方も通過した台風でしたが、全国で大きな被害が無いとよいのですが・・・。今朝このあたりは、規模こそ小さかったですがおそらく直下型の地震があってヒヤッとしました。


テマヒマは、昨日今日火曜日水曜日で定休日でしたが、明日11時オープンで皆様のお越しをお待ちしております。カフェのご予約は入っていますがランチのご予約は入ってませんので、現時点ではご予約無しでもお席ご案内出来るかと思います。カフェも明日から夏バージョンのメニューがスタートします。


それでは明日も好いモノ、好いコト、好いトキをテマヒマで。

今日も一日お疲れ様でした、好い夜をお過ごし下さい。


論考中、手技の人のことを、伎人と書いて、手人(てびと)と読ませていたとあったので、タイトルは手人にしてみました。そう言えばひとつ前のブログ「手向」も「手」が入っていますね。どういう語源なんでしょうね?あちらの世界に手を向けるということでしょうか?

こんにちは。


高槻市に民藝の器、暮らしの道具、食に関する古書のセレクトショップ、お味噌や発酵食品中心のカフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。


初期テマヒマブログで書いたかどうかは分かりませんが、学生時代、就職活動でマスコミも回っていました。OB訪問だったか面接だったかは覚えてませんが、「震災で家族を亡くした人にインタビューは出来ますか?」という質問がありました。どう答えるのが正解だったかは分かりませんが、その時自分には向いてないのかな?と思ったのを記憶しています。30年後、お店をやっているなどとは全く想像もしていませんでした。天職というタイトルのブログで、影山知明さんのcallingという言葉とともに、内田樹さんの入れ歯の喩えをご紹介しましたが、仮にマスコミで働いていたとしてらどうなっていたでしょうか?

朝ドラ「風、薫る」の中で、看護婦見習いの主人公の同僚が、患者の死に直面するというシーンがあり涙していました。義兄が亡くなったばかりだったというのもありますが、人が亡くなるシーンに弱いのです。前週から主人公達を指導する外国人の先生が「人には向き不向きがある」というセリフを言ってたり、予告編からも、彼女は看護婦の仕事を離れることが想像されますが、人の死と隣り合わせの仕事に就く、働くというのは本当に大変なことに思います。天職ということについても考えされられます。自分には絶対向いてないな。


民藝や発酵を、使うモノ、食べるモノとしてだけでなく、「モノサシ」として考えた時、國分功一郎さんが書いてらっしゃる「中動態」や中島岳志さんがよく仰ってる「与格」というものに共通するものを感じていて、これまでもテマヒマブログで書いてきました。ちなみに國分功一郎さんの「中動態の世界~意志と責任の考古学~」を今読んでいますがなかなか苦戦中です(苦笑)。


僕なりの雑な理解では、~する(能動態)と~される(受動態)と今は能動態vs受動態と捉えているが古代ギリシャなどではもともと能動態vs中動態であった。「中動態」は自らの意志ではない世界。「~なる」みたいな感じでしょうか。一方インドの「与格」は、私はあなたを愛していますではなく、あなたへの愛が私にやってきて留まっているという言い回し/構文で、これも自らの意志でない世界。愛してしまったみたいな感じでしょうか。民藝や発酵的なことでいえば、美しい器を作ろうとするのではなく、器を作っているうちに美しさがやってくる(美しさが生まれる)、美味しく発酵させるのではなく、発酵することにより美味しさがやってくる(美味しさが生まれる)。

「死ぬ」という言葉は、能動態か受動態かいずれに分類するとしたら能動態になるかと思いますが違和感がやはりあって、まさに「中動態」的だと感じています。そして「与格」的だとも。義兄が急逝した時、あちらの世界に突然行ってしまった感覚と同時に「死が突然やってきた」感覚がありました。それはこれまで見送ってきた家族・親族の誰よりも急だったから感じた独特の感覚だったように思います。「死がやってきて留まっている。」ということで言うと、死は亡くなる前にやってきて、いつまで留まっているのでしょうか?そして書きながら思ったのですが、死はいつやってきてるのでしょうか?

そう言えば、倍賞千恵子さんの「死ぬとは、死ぬまで生きることなんだ。」という言葉をご紹介したことがありました。生きているということは既に死に向かっている訳で、でもそんな境地に達するのは難しいです。

インドのガンジーが言った言葉。

Live as if you were to die tomorrow(明日死ぬかのように生きよ)

Learn as if you were to live forever.(永遠に生きるかのように学べ)

明日死ぬかのように生きよ、ってそんな風に生きるのって本当に難しいです。


義兄が亡くなる前、病室に家族、親族があつまって、意識の戻らない義兄に口々に声をかけていました。義兄にまだあちらの世界に行かないでって想いの言葉と、こちらでの世界での義兄への感謝の想いの言葉と。どちらも心からの言葉で、それを聞きながら涙ぐんでたりもしていました。義兄との関係性や死生観によっても手向け(たむけ)の言葉は違ってきますね。手向けの言葉って、亡くなった人に向けた言葉で使われますが、亡くなる前に伝える言葉こそが手向けな気もしますね。言葉ではなくコトバかもしれませんが。


今日から6月ですね。日常は変わらず進んでいきます。

大変ご好評頂いている現在のランチメニューは本日が最終日で、金曜日から新メニューが始まります。カフェの期間限定メニューも発芽玄米のオープンサンドとどら焼きが本日最終日で、木曜日から夏仕様の新メニュースタート予定です。ショップのメインテーブルの「濱田窯×河井一喜・達之特集」も終了、木曜日からはスリップウェア特集予定です。


明日明後日は火曜日水曜日です。明々後日11時オープンで皆様のお越しをお待ちしております。ランチのご予約は入ってませんのでご予約無しでもお席ご案内出来るかと思います。


それでは木曜日も好いモノ、好いコト、好いトキをテマヒマで。

ってまだ営業中ですけど。

こんばんは。


高槻市にある、民藝の器、暮らしの道具、食に関する古書のセレクトショップ、お味噌や発酵食品中心のカフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。


山下達郎さんがご自身の80年代のヒットについて、ウォークマンで屋外で聴くようになったという変化にそのサウンドがフィットしたからという自己分析をされていました。環境変化の影響は大きいですが、サブスク(定額聴き放題)が広がったことで、サビ始まり、イントロが短く出来るだけサビまでが短い曲が好まれたり、ギターソロも短い方がよいと思われたりしてるらしく、なんだか情緒もありませんね。「待てない」傾向、「分かりやすさ」を求める傾向がそこにも現れている気がします。サブスクにフィットする曲作りとかってなると、なんだか寂しいですね。


テマヒマのランチは11時半~12時のお時間はお席のご予約を承っていて、それ以降のお時間は(お客様のお食事のペースが分からないので)お料理の確保予約、お席は空き次第のご案内とさせて頂いています。お席の予約が出来ないのなら結構です、って方は意外といらっしゃって、ここでも「待てない」傾向。よく「予約がないと入れない」店は目指してないけど、「予約してでも行きたい店」でありたいってよく言ってますが、まだ「待ってでも行きたい店」にはなってない訳で頑張りましょう。ちなみに行列が出来る店は全く目指していません。


楽しみに観ていた朝ドラ「ばけばけ」が終わって、引き続き「風、香る」を観ていますが、一億総評論家時代というか、SNSに溢れる批評というか感想にもその「待てない」傾向とか「分かりやすさ」を求める傾向が満ちている気がします。いや、そんな話を書こうとしたんではなかった・・・


少し前に主人公の看護婦見習い・りん(見上愛さん)に、仲間由紀恵さん演じる患者がかけた

「良かったわ。あなたが赤の他人で。」

という言葉がとても印象的でした。

家族とか親しい人には言えないこと、見せられない姿。赤の他人だから言えること、見せられない姿がある。


今月、義兄の急逝により中止になった月イチ朝カフェ「哲学対話の時間」(哲学カフェ)、次回は6月21日開催でお申込み受付中ですが、今後の運営の参考にするため、毎回終了後に参加者アンケートを取らせて頂いています。常連というぐらいご参加頂いてる方が毎回、満足度は5点満点なのに、他の人にも薦めたいかという質問には2点とかで、その理由として、知り合いとは一緒に参加したくないというコメントが書かれいていました。


「みずしらずの方と深い話をする、出来るのって不思議」といった感じの感想をよく頂きますが、みずしらずの人(他人)とだからこそ話せることというのもあるかもしれませんね。誰とでもいいわけではないし、どこでもいいわけでもないとは思いますし、テマヒマが主催し、テマヒマの募集に対して集まった人と、テマヒマの場所で話すという安心や安全性はあるとは思いますが。


先々週の木曜日。義兄の奥さんから義兄が倒れて緊急搬送されたと電話をもらって加古川の病院に駆けつけ、翌朝義兄は亡くなってしまったわけですが、僕たち夫婦にしたら医師を見たのは死亡確認の時だけで、それ以外は看護師さんたちが交代交代で献身的に処置をして下さっていて、本当に感謝しかありません。本当に大変なお仕事。。。常に「死」が身近にある仕事に従事するというのはどんな感じなんだろう。。。


ネットで色々言われたりしてても、日本で初めての看護婦である主人公の二人が様々な困難を乗り越えながらどのように成長していくのかは見守っていきたいと思います。


テマヒマは先程本日の営業終了しました。。お越し頂きました皆様ありがとうございました。ランチで満席の為お断りしてしまった皆様申し訳ございませんでした。あと少し、あと少しお待ちいただければご案内出来たのですが、、、そしてランチタイム後半からはかなりのんびりゆったりした店内だったのですが、、、


テマヒマは5月最終日の明日も11時オープンで皆様のお越しをお待ちしております。ランチの11時半、12時のお時間はご予約で残り11席とお席にかなり余裕がございます。現時点ではご予約無しでもお席ご案内出来るかと思います。でも今日の感じだとやはりご予約頂いた方が確実かと思います。


それでは明日も好いモノ、好いコト、好いトキをテマヒマで。

今日も一日お疲れ様でした。好い夜をお過ごし下さい。








こんにちは。


民藝と発酵をモノサシに食を通して健やかな暮らしを提案する古民家セレクトショップ&カフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。


飛騨高山の工藝店・やわい屋店主・朝倉圭一さんによるZINE「雑考」が届いております。シリーズ第3弾のテーマは「関係の美」。早速お求め頂いた方もいらっしゃってありがとうございます。


書籍のご案内をする時に、内容に触れ過ぎずにご紹介するのって本当に難しいなと思います。書評ってどうやって書くのでしょうね?というわけで、読んだ中で気になった言葉を一つだけピックアップして思索を進めてみたいと思います。それは70年代の工業デザイナー秋岡芳夫の「里もの」という言葉。お恥ずかしながら初めて知りました。


以下、朝倉さんの引用からの引用。

「今では、メーカーものが八割を占め、益子や砥部や輪島などのいわゆる産地ものが二割を占めるに至っている。作り手と使い手の意志が十分にかわされたうえで作られる里ものは、今日無きに等しい。里ものとは私の造語だが、要するにコミュニティー(共同体)の中で使い手の意見を反映させながら作られた製品である」


秋岡芳夫がどういう文脈で里ものという言葉を産み出したかは分かりませんので、ここからは僕の誤訳・誤釈になりますが、僕の中では「里山」という言葉と結びつきました。ご存知のように、里山とは、人里と奥山の間・あわい。人里に隣接していて、人の手が適度に入った場所、人が作った自然。民藝は自然と人の共作、自然の恵みをいただいて生まれたモノですから、里もの=民藝とは単純に言い難い気もしますが、素敵な言い回しだなぁと。


里山資本主義という言葉もあって、本で読んだのに詳細は忘れてしましましたが、行き過ぎた資本主義に対して、資本主義を完全に否定するわけではなく、もう一つの軸としての提案だったと理解しています。喩えるなら人里を離れて奥山に行こう!ということではなく、人里と里山を行き来しましょうぐらいの感じ。


ただ、先程の秋岡芳夫の言葉は、

「結論的には、里がなくなったから、民芸がなくなったといえる」

と続きます。

秋岡芳夫が語った1970年代からさらに半世紀も進んで、もっと里は無くなってるでしょうし、その理屈で言えばもっと民芸もなくなっているということになります。先程の文章からすると、物理的な場所としての「里」もですが、「コミュニティ」を指しているように思います。


僕の立場としては、民藝は無くなってしまったと嘆くよりは、今の民藝って何だろう?を考えたい。現代の「里」って何だろう?って考えたいのです。


同じく「土徳」という言葉についても、現代の都市における「土徳」って何だろう?ということを考えたい。土徳については、テマヒマブログで何度か登場していますし、土徳というタイトルでもブログを書きました。

大福寺住職で、となみ民藝協会会長の太田浩史による土徳の語義について再掲すると、

「住んでいる人の繋がり、その土地の気候•風土・自然環境、歴史、方言、料理、先祖からの

営み、精神文化などの共通項から生まれる見えない力。」


小倉ヒラクさんの新著「僕たちは伝統とどう生きるか」の中で、和辻哲郎の「風土」を持ち出し、ワインを醸す環境=テロワールに対して、日本酒を醸す風土には、人の手が含まれるので、<手>ロワールだ!と書いてらっしゃいましたが、土徳というのは<手>ロワールよりさらに広い概念。


都市部において「土徳」は生まれ得ないのでしょうか・・・・?


現代の「里」、都市の「土徳」。

いずれも今日のところは何ら答えらしきものはないのですが。。。


今日はお客様は決して多かったわけではありませんが、ランチタイムスタートからカフェタイム終了までお客様が途切れることなく、お近くから遠くは愛知の方までお越し頂きました皆様ありがとうございました。

明日も11時オープンで皆様のお越しをお待ちしております。ランチの11時半,12時のお時間はご予約で残り1席となっています。12時以降のお時間はお料理の確保予約(お席は空き次第のご案内)も承っております。


それでは明日も好いモノ、好いコト、好いトキをテマヒマで。

今日も一日お疲れ様でした。好い夜をお過ごし下さい。おやすみなさい。

こんばんは。


暮らし、味わう、


民藝と発酵をモノサシに食を通して健やかな暮らしを提案する古民家セレクトショップ&カフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。

2018年2月22日に始まったこのテマヒマブログですが、この投稿で(おそらく)2222回目の投稿となります。2222本全て読んで頂いてきた方はさすがにいらっしゃらないとは思いますが、いつも駄文にお付き合い頂いている皆様ありがとうございます!ちなみに謙譲語、謙譲表現が下手というか、苦手でして、ご笑読下さいという言葉は書いたことがないですし(今初めて書きました笑)、駄文というのは謙譲ではなく自虐な気がします。継続は力なりと言いますが、よくここまで徒然なるままに書き連ねてきたものだと思います(自画自賛)。記念すべきゾロ目の2222。


ブログを開始したのは、開店から遡ること222日前、前職の最終出社日直後(正式な退職は3月末)で、このお店の物件も何も決まってない段階でした。開店後もある時期まで毎日更新していましたが、その後不定期に移動。量から質に移行、転換したかというとそんなこともなく、相変わらず誤字脱字もいっぱい。ネット上に公開しているぐらいなので読まれることを前提にはしているものの、具体的な読者を想定していないこともあって、たいして読み返しもせずアップしているので質は上がっていません。手仕事の世界の横にいると、量から質が生まれる、ということさえ感じるぐらいです。


今となってはなぜ毎日書けてたんだろう?ぐらいな感じですが、きっと習慣化していたことと、ブログが書けるような、脳の回路が接続しているというか開いているというか、そんな状態になっているのだと思います。学生時代、鍵盤の前に座れば曲が浮かんできた、みたいな感じ。ちなみにそうやって生まれてきたオリジナル曲もおそらくそれまでに自分が聴いてきた曲が積み重なってミックスして出てきたものだと思うので、その組み合わせ方や表れ方はオリジナルでも完全なオリジナル、0→1というのはよっぽどの天才とかでない限り存在しないのでは?と思います。


少し前のことですが「総理になってからコラムを書く時間もなく、ずっと更新できていなかったこともあり、コラム欄は削除しました」ということがありました。全くもって論理破綻していますし、高市首相の政治信条や姿勢などで共感・共鳴することは何らありませんが、過去の発言を掘り起こされ突っ込まれ続けるのはなかなか厳しい、辛いだろうなと思います(じゃぁ消しちゃえって?)。政治家なら過去の発言にも責任を持つ必要があるかもしれませんが、考えが変わることもあるだろうに。デジタルタトゥって言うんですかね?ちなみに意見や考えが変わったことを認めないことで余計ややこしくしていることも多いように思います。


テマヒマブログも8年4ヵ月書いてきて、ずっと変わらないこともあれば、少しずつ変わってきたこともあるかと思います。その時、その場で考えたことを書いているので、例えばコロナ禍中の諸々の判断とかは今となっては違うことも多々あるように思います。


”民藝と発酵をモノサシに”って、かなり初期から言ってきましたが、思索を重ね続けてきて、それが暮らしだけでなく、考え方、生き方、思想・哲学へと広がってきてる感覚があり、ここ最近のブログを読んで頂いてる方には何となく伝わってるのでは?と思います。いかがでしょうか?


「民藝と暮らす」という阪急梅田本店さんの催事に2019年は飲食店として出店し、2020,21年と物販店として出店依頼を受けていましたがコロナ禍で中止。今年9月に別の某百貨店・某催事に出店予定ですが、トークイベントも企画させて頂いていて、その一つの仮タイトルが「民藝と発酵とどう生きるか」。たまたまですが、この暮らす→生きるの変化が、自分の思考や心境の変化であると同時に、時代の変化でもあると考えています。


ここまで目標とかを設定せず、流れに任せ・委ねやってきました。これからも目標を設定することはおそらくありませんが、それだけにどのように変化していくか自分でも楽しみです。


タイトルは記念すべき2222回目に全くふさわしくない「刺青」。

これからも市井の人として変わらずテマヒマを営んでいきます。

(写真は内容とは全く関係なく昨日の夕方に見上げた空)


それでは明日も好いモノ、好いコト、好いトキをテマヒマで。

今日も1日お疲れ様でした。好い夜をお過ごし下さい。

おはようございます。


民藝と発酵をモノサシに食を通して健やかな暮らしを提案する古民家セレクトショップ&カフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。


3月に、ステンレスのキッチンツールブランドconteさんのPOP UP SHOPを開催しましたが、そのプロデューサーの一菱工業・江口さんに1日在店、お話会をお願いしました。現地燕三条に行って実際に工場見学するのが理想的ではあるのですが、テマヒマで直接お話をうかがうことが出来、製品の解像度・理解度が上がり、お客様へのご説明も説得力をもってお話出来るという経験がありました。


小島紗和子さんの螺鈿作品について、これまで百貨店催事出展時などでスポット的にお取り扱いさせて頂いてきましたが、9月の某百貨店の某催事を前に、理解を深めておきたいと思い、丹波にある(ご自宅兼)工房を昨日訪ねました。conteさんのご紹介をした際に「分業」ということについて書きました。分業は生産効率を上げるもので資本主義の主要な構成要素だが、極度に細分化が進むと人間は部品の一つのようになってしまう問題がある。一方、人と人、社会を結びつける役割もあるということをアダム・スミスの言葉(を解説した品川皓亮の「資本主義と、生きていく。」)を通して書きました。紗和子さんと1日お話していて「分業」ということを改めて考えていました。

若き民藝研究家・佐々風太さんは、民藝における無名性/無銘性を語る時それは分業と不可分で、伝統というものは死者との分業ということが言えるのでは?といった趣旨のことを書いてらっしゃいます。小鹿田焼で、例えばテマヒマでお取り扱いさせて頂いている黒木昌伸窯だと、黒木昌伸さんの名前ですが、父の富雄さんの仕事もあれば、土づくりや釉掛けなど奥様の直子さんの役割もあり、家族の仕事。紗和子さんや父の小島雄四郎さんのお仕事もお母さまの役割があり、紗和子さんは個人名ではなく小島工房と称することにこだわってらっしゃるのも分かります。今もお父様の遺した仕事の続きをして完成した作品があったり、お客様からお父様の作品のお直しの依頼があるそうです。佐々さんの死者との分業という言葉を、先日ご紹介して共感している小泉今日子さんの時間感覚で解釈すれば、受け継いだ今を生きる我々が輝けば、受け渡し亡くなった人も輝き、それをつなぐ伝統という存在も輝く、そう感じます。

お父様に弟子入りした後も、作業場は別だったこともあり、直接的に教えてもらった記憶はないと仰っていましたが、見たり、音で覚えたりしたことは大きいと。同じく漆のお仕事をされている岡山の仁城逸景さんの工房にお邪魔した時にも感じましたが、お仕事場と居住スペースが隣り合わせ、職住一体の暮らしだと、子供の時から親の仕事を見たり、聞いたり、感じたりしながら育ちます。自然と跡を継ぐということを考えたり、継がないにしても何か継承されることがあるのでは?と思います。僕もそうですが、サラリーマン家庭で育つとそうはいきませんね。


分業ということについて申せば「螺鈿陶額」の仕事に触れないわけには参りません(ちょっと柳宗悦っぽい言い回ししてみました笑)。外側の陶器の額は伊勢の山口和声さんが作り、内側の螺鈿は紗和子さんが施す協業の作品。普段作っている食器には実用性が求められるので陶額では和声さんの作家性・創造性が発揮されます。陶額が先で螺鈿が後、というのは伺っていて知っていましたが、陶額だけの状態で見て、ここから生み出すのって本当に大変だなぁと思いました。陶額に導かれて浮かぶデザインもあるとのこと。共鳴し合い、高め合う仕事。


螺鈿陶額シリーズは大変人気で、展示会ごとにほとんど売り切れてしまうほど。なので毎回展示会向けに新たな作品を生み出す必要があり、納期との戦いで、千本ノックではないですが、短期集中で作るよう鍛えられてきたと仰ってました。同じ敷地に兄で椅子職人の小島優さんの工房がありますが、優さんのウィンザーチェア(テマヒマのカフェにも特注のウィンザーチェアが3脚ございます!)も大変人気で在庫が殆どないので、直近の個展でも短期集中で作らなければならない椅子があって、邪心がないせいか、いい仕上がりになって、不思議とそういうものから順に旅立って行ったというお話をして下さいました。


これまで2-3人しか見せていないという紗和子さんの作業部屋をご案内頂きました。漆では先述の逸景さんや岩手の艸工房・玉山保男さんのお仕事場を拝見したことがありましたが、それとは全く違う雰囲気でした。紗和子さんが蒐集したモノが並び、好きに囲まれながらお仕事をされています。紗和子さんは私の脳内ですと表現されていましたが、展示会や書籍などで見た故・柚木沙弥郎のお部屋の一角や考え方を彷彿とさせ、その好きなモノが紗和子さんのクリエイティブの源なのだなぁと感じました。今回、螺鈿のお仕事の工程や材料についてご説明頂きましたが、実はこの仕事部屋を拝見したことが一番説得力があって伝わってきました。


お昼ごはんは、お母さま、優さん、紗和子さんとご一緒させて頂きました。ご自身で作った旬のお野菜中心のお食事(特に山椒入りポテサラが絶品でした!)、日常に螺鈿の器やお盆、お箸、箸置きが並ぶ豊かな食卓。親しい作り手のものが中心の陶磁器も使い込まれ美しく育っていました。とても穏やかな時間が流れ、とても豊かな暮らしを感じました。我々夫婦が「暮らし」ということを考えるようになったきっかけ(そこからテマヒマ起業につながるわけですが)となった鳥取の岩井窯・山本教行さん・房江さんのことも話題に出ていて、雄四郎さん時代から家族ぐるみで懇意にされてるとのことでした。


1日雑談を含め本当に色々なお話をしましたが、寧ろその雑談の中から、紗和子さんのモノ作りの考え方や想いが伝わってきてとても貴重な時間でした。小島家の皆様、お忙しい中、ありがとうございました!


次に関西で、小島紗和子さんの螺鈿をご紹介する機会は、9月の某百貨店某催事のテマヒマブースでとなります。ご期待下さい!


テマヒマは今日は水曜日で定休日です。明日11時オープンで皆様のお越しをお待ちしております。ランチの11時半,12時のお時間はご予約で残り9席とお席に余裕がございます。


それでは明日も好いモノ、好いコト、好いトキをテマヒマで。

今日も好い1日を!


こんばんは。


高槻市にある、民藝の器、暮らしの道具、食に関する古書のセレクトショップ、お味噌や発酵食品中心のカフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。


テマヒマのお庭には山椒の木があります。

現在のお味噌汁を選べるおばんざいセットでは木の芽を使って木の芽味噌をご提供していますが、次回のメニューで山椒の実を使うので、今朝刈り取っていました。今年は本当に沢山実がなっていて、2018年に植えてから8年目で一番の収穫でした。


すると山椒の木の横の梅の木(植えてから一度も花が咲く前に枯れ木となってしまいましたが)に蜻蛉(とんぼ)がやってきて留まり。長いこと留まっていました。何度か飛び立っては何度も戻ってきて留まっていました。


店主(うちの奥さん)とお義兄ちゃんが来たんかなぁって話していました。

「智(とも)~って」

義母が亡くなった直後も、うちの家(当時は寝屋川市香里園のアパート3階)の窓のところにずっと蜻蛉がいてて、うちの奥さんはお母さんを感じたと言います。義父の時は、それはお盆になってからですが、蜻蛉がうちの家にきてました。玉井家はみんな亡くなると蜻蛉になる?


今年初めて蜻蛉を見ました。なんか早くないですか?

テマヒマのお庭の紫陽花も今が見頃ですが、お越しになったお客様皆さん「早いですね」と仰います。


先週の今日、発酵デザイナー・小倉ヒラクさんと、編集者・藤本智士さんのトークイベントを聞きに行きましたが、その中でヒラクさんが紹介していた話がとても興味深かったです。


奄美大島では、魂のことを「マブイ」と言うそうで、「マブイが落ちる」とか「マブイを拾う」みたいな表現があって、生きている時から魂が身体から出たり入ったりするという考え方があるそうです。


それとはまた違いますが、沖縄の骨壺である「厨子甕」は蓋がピタッとしているわけではなく、あちらの世界とこちらの世界を行ったり来たり出来るような意味があるという話を聞いたことがあります。子宮にも似た沖縄独特の墓「亀甲墓」の前で親族が集まって宴会をするのも、あちらの世界とこちらの世界の境界が曖昧なためという話を聞いたこともあります。生命は循環するという死生観という話も。胎内回帰と輪廻転生って似て非なるものですよね。



人は亡くなった後、どうなるのでしょうか?



テマヒマは明日明後日で火曜日水曜日定休日です。木曜日11時オープンで皆様のお越しをお待ちしております。ランチのご予約は入っていませんので現時点ではご予約無しでもお席ご案内出来るかと思います。


それでは木曜日も好いモノ、好いコト、好いトキをテマヒマで。

今日も1日お疲れ様でした。好い夜をお過ごし下さい。

こんにちは。


民藝と発酵をモノサシに食を通して健やかな暮らしを提案する古民家セレクトショップ&カフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。


先週は、土曜日は短縮営業の後、義兄のお通夜、日曜日は葬儀。月曜日も臨時休業を頂き、夜、小倉ヒラクさんの「僕たちは伝統とどう生きるか」出版記念の編集者藤本智士さんとのトークイベントを参加させて頂きました。まだ1週間前のことなのですね。随分前のことのようにも感じます。


ヒラクさんと藤本さんの公式な場でのトークイベントは7年ぶりらしく、その場に僕も参加させて頂いてました。藤本さんのお話を聴いたのはその時が初めてだったと思います。その時のレポートめいたブログのリンクを貼っておきます。記憶なんていい加減なものなので記録しておくものですね。発酵デザイナーのヒラクさんはその後、d47ミュージアムでのFermentation Tourism Nipponを経て下北沢に発酵デパートメントを開店、直近では民藝についてもご興味が広がり親しくさせて頂いています。編集者の藤本さんも何度かテマヒマにお越し下さっていて、7年前には想像もしていないことです。

ヒラクさんの新著の話に加えて、藤本さんの執筆中の本の話も混じり合いながら進んでいきました。ヒラクさんの本は喩えを交えながら読みやすい文体で書いてらっしゃいますが(ヒラクさん曰く普遍と具体が行き来するのは古典に倣ってるとのこと)、お話を聴くとさらに分かりやすいです。お2人の対話だからこそというのもあります。実は10月にお2人でテマヒマにお越し下さっていて、お2人の話に僕も参加させて頂いたのですが、その時ヒラクさんから執筆中の本についてお話を伺っていて、藤本さんはその時の対話がきっかけで現在執筆中とのことでした。その場に居合わせたこと、とても幸せな時間、経験でした。

「伝統を守るから伝統に守られる」時代になりつつある、という言葉が印象的でしたが、ヒラクさんの新著に関連して「保守」とか「立憲」ということについてもテマヒマブログで最近書いていたので、伝統を憲法に脳内転換していました。高市首相が訪米した際にトランプ大統領からの要求を防げたのは憲法9条の存在だと思います。現在、国会で進む改憲論議は、改憲すべきことがあるからというより、改憲という実績のために出来そうなこと、まとまりそうなことを議論しているように思えて、改憲自体が目的化しているように感じてなりません。


他にも、理解と了解、人情(昭和)とケア(令和)、意識(AI:人工知能)と現象(ALife:人工生命)とか気になるキーワードがいっぱい出てとても刺激的な時間でした。あっという間の2時間、ありがとうございました!


藤本さんの執筆中の新著についてはここでは触れることは出来ませんが、新たな概念を生み出してらっしゃってとても楽しみです。


藤本さんの言う新しいワードもですが、ヒラクさんの大文字の伝統と小文字の伝統、影山知明さんの大きなシステムと小さなファンタジーにしろ、言葉は違えど、皆さん、行き過ぎた資本主義(グローバル資本主義、金融資本主義、新自由主義)やSNS、AIなど現状の生きづらさや息苦しさに対して、現状を全否定するのではなく、松岡正剛さん言うところのデュアル・スタンダードというのでしょうか、それともう一つの軸をどう打ち立てるかということを模索している、そんな気がしています(そこに自分の関心があるからそう感じるのかもしれませんが・・・)。そもそも「テマヒマ」という旗は、効率化・画一化する社会にアンチテーゼとして打ち立てたものですから。


会場となったのは梅田ラテラルさん。お2人の写真の後ろにロゴが写っていて、このブログを書くにあたってLateralの意味を調べてみたら、


ラテラル・シンキング(水平思考): 固定観念にとらわれず、物事を多角的な視点から「横に広げて」自由な発想をする思考法です。論理的に深掘りする「ロジカル・シンキング(垂直思考)」の対義語としてよく使われます。


とのこと。

初期テマヒマブログでもご紹介していたテマヒマ起業前の企画書に、縦の思考・横の思考というのを書いていたのを思い出しました。


間もなくテマヒマ本日の営業終了します。お越し頂きました皆様ありがとうございました。ランチで満席の為お断りしてしまった皆様申し訳ございませんでした。ランチタイム後半からはかなりのんびりした店内だったのですが・・・・


今日も1日お疲れ様でした。好い夜をお過ごし下さい。

こんにちは。


高槻市にある、民藝の器、暮らしの道具、食に関する古書のセレクトショップ、お味噌や発酵食品中心のカフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。


先月末のことですが、突然、お店の厨房の排水溝がつまり、シンクに水があふれ、溜まりました。その日はちょうどスタッフ全員が集まっての次のメニューの試作・試食会の日だったのですが、慌てて業者さんを呼んで修理してもらいました。


そしてその翌週のこと、今度は厨房の台下冷蔵庫の温度が下がらなくなり、慌てて業者さんを呼んで修理してもらいました。


えっ!?こんなに続く!?って驚きつつ、修理代の高さにまた驚きました。急なことで、請求額の妥当性(問題の重篤度)は分からないまま、でも、すぐに直ったことのありがたさや安堵の方が大きく、お支払いしました。いずれも故障が発生したり判明したのが、営業中ではなく、定休日だったのが不幸中の幸いでした。


我々夫婦もともに50代になって身体のあちこちにガタが出てきていますが、お店も7年8か月ともなると、色々なところにガタが出てくるのでしょうね。・・・・


2008年、母を亡くしたのですが、その直前ぐらいに僕は財布を紛失しました。当時東京で仕事をしていて、新幹線で大阪に移動して、亡くなる前の母に病室でその話を雑談でしていたら「あんた運悪いな」って言われ、苦笑をしてしまったのを覚えています。あとで、何かで調べたら、財布を落とすとかといったトラブルは、身内を亡くす前兆とかって言われてるようです。


もしかして、排水溝が詰まったり、冷蔵庫が壊れたりしたのは、義兄が亡くなる予兆だったのか・・・??と思って、ググってみたら・・どうも関係なさそうです・・・。

占いや予言の類いは、受け手側の想像力によるところが大きいと思います。


8年目ともなると色々問題も発生しますね。同じく飲食店を営んでらっしゃる皆さんの参考になりましたら。。。いやそれにしてもちょっと早くない!?


義兄が亡くなったのが先週の今朝のこと。まだ1週間なのにずっと前のことのような、まだ現実のことでないような。日常は確実に流れ進んでいるのですが、なんか変な感覚です。


テマヒマは間もなく本日の営業終了します。ほぼランチタイムに集中していましたがお越し頂きました皆様ありがとうございました。その中に前職の同僚もいて、開店後初来店までの最長(最遅?)記録が更新されました。未だにそうやってお越し下さることに感謝です。ランチで満席の為お断りしてしまった皆様申し訳ございませんでした。


明日も11時オープンで皆様のお越しをお待ちしております。ランチの11時半,12時のお時間はご予約で満席の為少し遅めにお越し頂くのがおススメです。12時以降のお時間はお料理の確保予約(お席は空き次第のご案内)も承っております。


それでは明日も好いモノ、好いコト、好いトキをテマヒマで。

今日も1日お疲れ様でした。好い夜をお過ごし下さい。

こんにちは。


高槻市ある、民藝の器、暮らしの道具、食に関する古書のセレクトショップ、お味噌や発酵食品中心のカフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。


昨日は、大阪市東洋陶磁美術館に行って、兵庫県民芸協会の読書会に参加した後、阪神百貨店1階食祭テラスで始まった「木桶による発酵文化サミット」にお邪魔しました。今年で5回目となる催事ですが、お目当ては、発酵デザイナー小倉ヒラクさん×石崎髙人(いっしー)さんによるポットキャスト番組「Radio#ただいま発酵中」の公開収録。ゲストは味噌探訪家の岩木みさきさん。岩木みさきさんは、最近TV番組「マツコの知らない世界」の「みその世界」に出演されたばかりなのでご覧になった方も多いのではないでしょうか?


パーソナリティお2人とみさきさんとのトークの中で、味噌探訪を始めて約10年の中でどういう変化があったか?という話がありました。

当初、右も左も分からなかった頃に比べて知識が増えたり、訪問を重ねたりすることもあったり、蔵元さんが代替わり・若返りしたりもあったりで、オープンマインドになってきた気がすると、みさきさんが仰っていて、それに被せるかたちでヒラクさんから醸造家同士の交流も昔に比べて活発になってきてるという話がありました。

ふと思い出したのは、なぜ、配り手同士が親しいのか?という問いに対する自分なりの答え。「友情」というテマヒマブログでもご紹介しました。仮に民藝市場、発酵市場があるとして、決して成長期ではなく、成熟し、数字的には衰退産業、衰退市場。その中では競合同士でも協力しあう、みんなで盛り上げていきましょうというマインドが強くなるのでは?と思います。


様々なイベントなどを通して作り手同士が交流する場面が増えているというのもあると思いますし、昔に比べてこれだけ情報が流通する時代ですから情報を隠す、独占するみたいなことの意味も薄れるているというのもあると思います。仮に同じ情報を得たとして、参考になったとしても、同じにはなり得ない世界だるというのもあるかもしれません。


前述の番組「ただいま発酵中」の中で、ヒラクさんとイッシーさんが濱田庄司記念益子参考館を訪れ、その感想をテンション高めに語り合っている回がありました。そこで話されていたのが「参考」ということ。改めて濱田庄司記念益子参考館のHPから参考館とは?をご紹介すると、


濱田庄司記念益子参考館は、陶芸家濱田庄司が、自らの作陶の「参考」として蒐集した品々から受けた恩恵と喜びを、広く一般の方々と共有し「参考」にして欲しいとの意図で、自邸の一部を活用し1977年に開館しました。

SHOJI HAMADA Memorial Mashiko Sankokan(Reference)Museum was established in 1977 by the potter Shoji Hamada, using part of his personal home, in order to share his collection of works, which he had collected with delight and benefit as a personal reference for his pottery, in the hope that the wider public may also find them a useful “reference”


あまりに当たり前に受け入れてしまっていましたが、自分が参考にするだけでなく、他の人にも参考にして欲しい、という根底に流れる「利他」の精神は驚くべきこと、ありがたいこと。


昨日の兵庫県民芸協会の読書会は、「日本民藝館案内」「民藝館の買物」「民藝館の特色」が課題図書だったのですが、日本民藝館の目的は、新たな美の標準の提示であり、古作を通して美の法則を知り新作品の準備をすることであるとしていて、参考という言葉こそ使ってませんが、モノ作りや暮らし、美意識の面で参考にして欲しいということかと思います。民藝という言葉が生まれ100年、民藝「運動」が続いてきたのは、この利他の想い、参考という考え方によるのだろうと思います。模倣ではなく参考。そして参考にする中で、我執ではなく個性が生まれる。それもまた民藝的なんでしょうね。


「木桶による発酵文化サミット」では、日本各地から、木桶で仕込まれた醤油や味噌、お酢、ソース、その加工品が勢揃いしています。うちの店主も量り売りのお味噌や醤油煎餅や色々買い込んでいました。催事は来週月曜日までですので、お近くの方は是非!


ご紹介しました「Radio#ただいま発酵中」は発酵好きの方ならおススメな番組です。僕も全てではありませんがよく聴かせて頂いています。今回の収録分の公開はいつか分かりませんが、毎週水曜日配信ですので是非ご視聴下さい。


急な臨時休業や短縮営業でご不便おかけしましたが本日より通常営業再開しました。再開初日、お天気の影響もあってとても静かな店内でした。雨の中お越し頂きました皆様ありがとうございました。


明日も11時オープンで皆様のお越しをお待ちしております。ランチの11時半、12時のお時間はご予約で残り2席となっています。12時以降のお時間はお料理の確保予約(お席は空き次第のご案内)も承っております。


それでは明日も好いモノ、好いコト、好いトキをテマヒマで。

今日も1日お疲れ様でした。好い夜をお過ごし下さい。










おはようございます。


高槻市にある、民藝の器、暮らしの道具、食に関する古書のセレクトショップ、お味噌や発酵食品中心のカフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。


5/25に予定していた茨木市のぬか太郎さんによる「ぬか床作りワークショップ」ですが、開催1週間前の昨日の朝段階でお申込みが0(ゼロ)だった為、講師とも相談の上、中止の判断を致しました。コロナ禍を挟んで、通算6年目、6回目の人気講座だったのですが、お申込みがなければ致し方ありませんね。。。中止の判断をした後、昨晩になってお一人お申込みがあったのですが、時既に遅し・・・


興味はあるんだけど今回はタイミングが合わなくて残念・・・という方もいらっしゃるかとは思いますが、その興味がある人、求めてる人のもとに届いていないのでは・・・という疑念が僕にはあります。


実は、このぬか床作りワークショップの前にも、薬膳入門編、親子味噌玉作りが、同じく参加者申込0(ゼロ)の為中止となり、3講座立て続けになります。親子味噌玉作りの時は日程が合わなかたっかのかな?薬膳入門講座は座学だけに変更したからかな?などと思ってたりしたのですが、これだけ続くと、インスタのアルゴリズム(変更)により、うまく届かなくなっていることを確信せざるを得ません。フォロワー数がありがたいことに1万に達していますが、イベント告知に限らず、通常の投稿も、それには比例せず、届いてないなぁ感があります。


これまで、路地裏のとても分かりにくい場所にあるテマヒマにこんなに多くのお客様がお越し下さっているのは、インスタのおかげだったと思いますし、今も、インスタいつも見ていますとか、インスタで知りましたというお声を頂くので、インスタをやめるということもありませんが、インスタに依存しない、アルゴリズムに左右されない、足腰というか、根というか、お店の強度を持ちたいものです。


テマヒマは今日明日火曜日水曜日で定休日で、木曜日11時オープンで皆様のお越しをお待ちしております。

それでは好い1日を。