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こんにちは。


高槻市にある、民藝の器、暮らしの道具、食に関する古書のセレクトショップ、お味噌や発酵食品中心のカフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。


日々、物価上昇、インフレを皆さんも感じてらっしゃると思います。家計やお店の経営にもジワジワと影響しています。トランプ・ネタ二エフが始めたイラン戦争によってさらに厳しくなる可能性もあります。


4月からテマヒマでもランチやスイーツの一部で50円の値上げをさせて頂きました。過去の経験もあって値上げに関してはかなり慎重に判断し小刻みに実施しています。意外と最近オープンしたお店の方が大胆な値付けをしていたりして、本当に価格設定というか価格変更って難しい。そして小刻みなせいで、すぐに値上げ分を原価上昇が吸収してしまいます。。。


テマヒマの人気・看板メニュー的なおばんざいセットは1870円から50円値上げして1920円となりました。さてここで問題です。この価格変更によってお客様の現金のお支払いの仕方はどう変化したでしょうか?どのように釣銭を準備したらよいでしょうか?





1870円の時は1000札×2枚というお支払いをされる方が多くて130円のお釣り。100円玉と特に10円玉のお釣りの準備が多く必要でした。1920円になってから2000円と20円というお支払いをされる方が増え、10円玉のお釣りの準備はそれほど必要ではなくなりました。考えてみれば1870円の時も2020円というお支払いは可能なので、計算のしやすさというか、キリのいいところから+20円と感じるか、-30円と感じるか、心理的なところも大きそうです。ちなみに2100円というお支払いも増えたので50円のお釣りの準備が多く必要になりました。仮に「釣銭学」というものがあるのなら、それは数学的なことというより、心理的なところが大きい気がします。


で、テマヒマとしての答えが既に出ている上で、意地悪ですが、先程AIさんに質問を投げかけて見ました。


釣銭準備と支払いの変化

1. 10円玉の消費スピードが上がる

以前 (1,870円): 2,000円出された時の釣銭は130円(100円×1、10円×3)。

今後 (1,920円): 2,000円出された時の釣銭は80円(50円×1、10円×3)、または10円玉×8枚となります。

端数が「70円」から「20円」に減ることで、釣銭として渡す10円玉の枚数が高止まりし、棒金の消費が早まりそうです。

2. 50円玉が「出すもの」から「もらうもの」へ

お客様の動き: 以前は「端数の70円を払うために50円玉を出す」シーンが多かったはずです。今後の動き: 支払額が「20円」になるため、お客様が50円玉を出し、店側が30円(10円×3)を釣銭として返すパターンが増えます。結果として、レジ内に50円玉が溜まりやすくなります。

3. 「小銭を減らしたい」お客様の行動

・以前は「2,020円」出して「150円(100円+50円)」をもらう人が一定数いました。

・今後は「2,020円」出して「ちょうど100円」をもらう人が増えます。これは店側にとって、100円玉の在庫維持にはプラスに働きます。


と、もっともらしく、でもおよそ真逆な予想をしてくれてちょっと笑ってしまいましたが、もしかしたら人間は合理的に判断するものと考えているか、そもそもこんなくだらない情報・知識がネット上にないか、でしょうか。というこのブログを書いたら、AIの進化の手伝いになったりして(笑)


AIのめざましい進化が言われる中、「釣銭」という同名タイトルのブログを7年前にも書いていて、自分の進化してなさに愕然とします・・・・

昨日お越し下さった常連のお客様は、ブログを読んで下さっていて、いつか僕が本を出すという予想をしてらっしゃって、ありがたい限りです。出版社さんからお声がけがあれば書くかもしれませんが、それはきっとこんな「釣銭学」みたいな話ではありませんね。そもそもキャッシュレス決済が進めば釣銭云々の話は無くなりますしね。ブログを書くというのと、本を書くというのはきっと違うんだろうなと想像しますがどうなんでしょうね?


たかつきジャズストは昨日で終わり、芥川の鯉のぼりフェスタ1000は本日で終わり。テマヒマのゴールデン蔵出し市8days~高槻ポタスト2026~は明日までです。皆様のお越しをお待ちしております。


それでは好いモノ、好いコト、好いトキをテマヒマで。

今日も好い一日を。

こんにちは。


民藝と発酵をモノサシに食を通して健やかな暮らしを提案する古民家セレクトショップ&カフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。


自民党大会で、現役自衛隊隊員が君が代を斉唱するということが少し前にありました。自覚的なのかは分かりませんが、台湾有事発言から続く所謂右傾化を感じますし、無自覚であれば尚更、箍が外れているというか危険に思います。そして防衛装備移転三原則の運用指針の改定。殺傷能力のある武器の輸出を制限していた「5類型」(救難、輸送、警戒、監視、掃海)の撤廃。報道で関連してよく取り上げられいた宮沢喜一(当時は外務大臣)の「わが国は兵器の輸出をして金を稼ぐほど落ちぶれてはいない」という答弁はとても響きますし、「戦争を知っているやつがいるうちは日本は安心だ。戦争を知らない世代がこの国の中核になった時が怖い」という田中角栄の言葉が指す時代に我々は今います。


小倉ヒラクさんの「僕たちは伝統はどう生きるか」ということに関連して、少し前に「保守」というタイトルでブログを書きました。4月末に日本経済新聞の政治面でも「保守」を聞くという連載がありましたが、政治的な保守は現行の政治体制を尊重しつつ良い方向に漸進的に改革を進める19世紀からの考え方(宇野重規・東大教授)であり、もともと穏健な思想(河野有理・法大教授)、永遠の微調整が保守の精神(中島岳志・東京科学大学教授)。大切なものを守るために変わっていかねばならない、というのは伝統にも共通することですが、一般的に言われる保守=右とは随分違って感じられると思います。

前述の中島岳志さんは、保守とリベラルは対立しないとしていますが、逆に「立憲」と「民主」が対立することがあるというのを昨年、RITA MAGAZINE2~死者とテクノロジー~の「利他的な死者」で驚くとともに、読んで納得しました。ちなみに立憲民主党は党名をつけた時にどこまでそれを意識していたのでしょうか?


「憲法は、歴史の中で様々な失敗を繰り返してきた死者たちからの「戒め」であり、現在・未来の国民を拘束する「重し」である。

(略)

立憲民主主義とは、死者の輿論(よろん/パブリック・オピニオン)に拘束されたデモクラシーである。死者たちは憲法を通じて、生者の世論(せろん/ポピュラー・センチメント)に歯止めをかける。歴史的に獲得してきた価値を擁護し、一時の熱狂や暴走を阻止する。死者たちには、亡くなってからも重要な仕事があるのだ。」


輿論ではなく、世論は、近視眼的になったり、ポピュリズムに寄りかねず、憲法がその歯止めになったりもしますし、直近のブログにつなげるならば、歴史や哲学などの人文知を学び、長期的な時間軸や多面的な視野で考えることが重要に思います。


日本国憲法施行から79年。

日本国憲法の理念が戦後もっとも危うくなっている気がして書いてみました。


ゴールデン蔵出し市も後半戦。今日明日、高槻はジャズストで盛り上がります。テマヒマもポタストとして盛り上がりたいところですが、今のところこのブログを書けるぐらい余裕があります。。。皆様のお越しをお待ちしております。


それでは好いモノ、好いコト、好いトキをテマヒマで。

今日も好い一日を。



こんばんは。


高槻市にある、民藝の器、暮らしの道具、食に関する古書のセレクトショップ、お味噌や発酵食品中心のカフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。


山口周さん・深井龍之介さん共著による「人文知は武器になる」読み終わりました。現在読書中のもの、積読中のものを差し置いて、一気読みしました。小倉ヒラクさんの「僕たちは伝統とどう生きるか」の時同様、帯の言葉をご紹介すると・・・


「世界のエリートはなぜ歴史を学ぶのか?」


「意思決定の質」が変わる

人類社会の「傾向」を知ろう

日本の強みはセンスにあり


ベストセラー『人生の経営戦略』などの著者と

「歴史を面白く学ぶコテンラジオ」MCの初対談


人文知は、思考や判断、行動を変える。

●失敗するリーダーや組織には共通点がある

●世界のスター経営者は人文科学系の出身

●「アメリカ一強」から「権力が分散する時代」へ

●組織や文明が滅ぶ一番の理由は「内部分裂」

●「まだ大丈夫」という瞬間は、すでに危機

●ナンバー1がナンバー2の戦略をマネたら負ける

●伸びている会社の特徴は「おせっかい」

●変化を無視した成功体験の再現は失敗する

●日本は「長中期的な合理性」に対するセンスがいい

●人類は「儀式」をしなければ合意形成できない


これから読まれる方もいらっしゃると思うので、今回も内容に触れ過ぎずに感じたことを書こうと思います。


山口周さんについては、それこそこの帯の言葉が意識しただろう「世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? ~経営における「アート」と「サイエンス」 ~(光文社新書)を読んでいて、深井龍之介さんについてはポットキャストで様々に拝聴することはありましたが、著書を拝読するのは初めてでした。対談を文字起こししたものは読みやすく、入ってきやすいので、好きですがこの本もそう。共著で、話している分量も同じぐらいなのですが、印象としては深井龍之介さんがリードしてらっしゃるように感じました。少し前に前職の同期と呑んでた時にたまたま話も出ていたのですが、自分達より若い世代へと中心が移っていることを改めて感じたりもします。


速く正確に答えに辿り着くことが求められる時代から、答え自体が揺らいでる今、「問い」の方が大事になっているとか、様々な視点を持つ必要があるとか、それには、歴史や哲学などの「人文知」が重要とか、この本で語られる内容についてほとんど同意です。テマヒマでは哲学対話(臨床哲学)をやっているぐらいですし、民藝や発酵も人文知の一部だと言ってよいと思います。


この本であまり語られてなかったと思うのですが、歴史や哲学に学ぶことは、政治も経済も社会も全てに短期化、近視眼的になっている今、時間軸を変える、伸ばすという意味でも必要なことに思います。ちなみに、民藝も発酵も、それを生業にするようになってから、それまでと時間の感じ方が変わった気がします。


お2人の対話は、それぞれの知識、教養が溢れていて、読んでいて刺激的なのですが、気になったのは、意気投合してるようで、2人の間にはやはりズレがあるように感じてなりませんでした。深井さんが学びたいから学ぶ、結果としてそれがビジネスに生きてくるという姿勢なのに対して、山口さんのはビジネスに生かせる、役に立つ、というのが前に立ち過ぎている。ビジネスパーソン向け書籍ということがあるとは思うのですが、ビジネス用語で説明することによって、そう感じてしまってちょっと残念な感じがありました。


書籍のタイトルの中の「武器になる」とか帯の「世界のエリートはなぜ歴史を学ぶのか?」という言葉のチョイスが、山口さんによるものか、お2人の合議か、はたまた編集者・出版社の売るためのものかは分かりませんが、引っ掛かりました(ということは逆に成功している!?笑)。トランプ大統領や一部の国で、反エリート・反知性的な動きが見られたり、エリートという言葉自体が分断を煽ったり、象徴していたり。「美意識を鍛えるのか」(2017年)の時には感じなかった違和感を今は感じていて、それは時代の変化なのでしょうか?それとも自分の立ち位置や考え方の変化なのでしょうか?


さ~っと読んだので、また改めて読み返したいと思います。あと美意識の方も。



ゴールデン蔵出し市8days~高槻ポタスト2026~も3日が終わりました。沢山のお客様がお越し下さった初日から一転、木金と平日に加えてお天気も悪く、お蔭様でこの「人文知は武器になる」も進みました。3日間お越し頂きました皆様ありがとうございました。明日からがゴールデンウィーク本番?皆さまのお越しをお待ちしております。


それでは明日も好いモノ、好いコト、好いトキをテマヒマで。

今日も一日お疲れ様でした。おやすみなさい。

こんばんは。


民藝と発酵をモノサシに食を通して暮らしの豊かさを提案する古民家セレクトショップ&カフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。


10日ほど前のことですが、9月に開催される某百貨店の某催事の打ち合わせで河井寛次郎記念館にお邪魔しました。昨年の経験を踏まえて、ただ催事出店するだけでなく、催事内の一部イベントの企画にも入らせて頂いています。受け身ではなく敢えて積極的に関与する姿勢。この案件については顔合わせのセッティングまでが僕の役割みたいなものですが、楽しみなイベントになりそうです。また正式に発表されましたらお知らせしたいと思います。


打ち合わせの後、お食事しながら雑談していた時のことですが、どういう流れだったか忘れましたが「配り手の皆さん同士って仲が良いですよね?」という話になりました。実際、僕と前後10歳ぐらいのほぼ同世代の配り手の皆さんとは親しくさせて頂いていると思います。テマヒマ開店から8年目なので業界内ではまだまだ若手で、皆さん大先輩なのですが。その「問い」に対して、「昔に比べて売れない時代だからというのもあるんじゃないですか?」ふと僕の口から出たのはそんな答えでした。民藝第何世代かは分かりませんが、上の世代は仲が悪かったという話はよく聞きます。おそらく放っておいても「民藝」と言えば売れる時代で、品物の取り合いみたいな様相だったのだろうと思います。時代が変わったことと、その同世代の配り手がモノとしての民藝だけでなく、思想としての民藝についても学んだり、学ぼうとしている人が多いのもあるかもしれません。逆にそういう配り手と親しくさせて頂いているとも言えます。作家物を扱っていて民藝は売れるからと参入してすぐ撤退した人を知っていますが、そういう人は作り手にも周りの配り手にも見抜かれてしまいます。一方「売る」「売れる」ということだけにこだわって、実際に売れているという噂のお店も聞きますが・・・・。


福岡の工藝風向の店主で雑誌民藝の編集長でもある高木崇雄さんが民藝に流れているのは、その前史とも言える白樺時代からの「友情」であるということを以前仰っていました。そういう意味では前世代に比べて、現在の民藝の作り手同士、配り手同士、作り手と配り手の関係性の方が「白樺」的な雰囲気があるのかもしれません。


先程の雑談に戻って、配り手の我々が作り手をお呼びする時に苗字ではなく名前で呼ぶのを某百貨店さんは最初驚いたと仰っていました。意識していませんでしたが、確かに下の名前でお呼びすることが多いです。おそらくは家業として代々継いでらっしゃるところが多いので、親子・兄弟などで呼び分けるためそうしてるのかなと思いますが、それが距離を縮めるというか、親しさに繋がっている面はあるかもしれません。


濱田庄司の孫で、関西学院大学教授の濱田琢司さんが、濱田庄司や河井寛次郎らは、柳宗悦より年下だったけど柳のことを呼び捨てで呼んでいたが、工藝の道を読んで以降民藝運動に参加した同人たちは柳さん、柳先生と呼んでいたという分析をしていて、年齢ではタイミングなんだというのが面白かったです。民藝運動に限らずですが、どう呼ぶかから関係性が見えてくることはありますね。


ちなみに、多くの配り手の方は年下の作り手のことを〇〇君と呼んでいますが、僕は基本的に〇〇さん派です。それはこの業界に入ってまだ8年目の若手で、作り手の方が歴が先輩ということもあるのですが、実はサラリーマン時代から、部下の人、年下の人も含め、誰でも〇〇さんと「さん付け」していたのが大きいです。ちなみに年上の人、上司も、役職名ではなく〇〇さんと頑なに呼んでいました。


写真は本文とは全く関係ないですが、河井寛次郎記念館の看板猫「えきちゃん」。先日訪問した時に撮った写真です。


昨日ご紹介しました小倉ヒラクさんの新著「僕たちは伝統とどう生きるか」、本日から発売開始しましたが、早速お求め頂いた方がいらっしゃって良かったです。


明日も11時オープンで皆様のお越しをお待ちしております。ランチの11時半、12時のお時間はご予約ので残り3席となっています。12時以降のお時間はお料理の確保予約(お席は空き次第のご案内)も承っております。


それでは明日も好いモノ、好いコト、好いトキをテマヒマで。

今日も一日お疲れ様でした、好い夜をお過ごし下さい。




こんばんは。


民藝と発酵をモノサシに食を通して健やかな暮らしを提案する古民家セレクトショップ&カフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。


小倉ヒラクさんによる新著「僕たちは伝統とどう生きるか」(講談社現代新書)販売開始日から2日遅れてしましたが、テマヒマでも明日よりお取り扱い開始となります。23日にそれをお目当てにお越し下さった方もいらっしゃって、出版社さんの手違いとは言え申し訳ございませんでした。バリューブックスさんでの先行販売が大変好評で、販売本番前に重版が決まるなど既に界隈では話題作となっています。テマヒマブログでも小出しに中身にあまり触れ過ぎずに周辺話題を絡めながら断続的にご紹介してきました。(ブログタイトル:隣合、血統、保守、直線、共生)


以前、帯に書かれている言葉から本の内容をご紹介しましたが、今日は目次から。


プロローグ あなたにとって、伝統とは何ですか?

第1章 大文字の伝統と小文字の伝統

第2章 「歴史」の誕生、さびしさの地平融合

第3章 発酵 見えないものとつむぐ伝統

第4章 民藝 つくることの伝承

第5章 鵜飼 異なる存在と、風土を旅する

エピローグ 向かい合うな、となり合え


目次をご覧になっただけでも、発酵デザイナーという肩書きでは捉えきれない広さを感じられるかと思いますが、深さもあり、ヒラクさん一流の硬軟交えた語り口で、読み進めていくうちにそれが繋がっていきます。「伝統」というビッグワードを、大文字の伝統と小文字の伝統という分けて捉え直すことで、整理されます。この二分法、「伝統」以外にも転用・応用出来ると思うのですが、ヒラクさんの論は、それを単なる二項対立では終わらせません。


テマヒマでは開店当初から「民藝」と「発酵」をモノサシにと掲げ続けています。民藝と発酵には共通することが多くて、そこから導かれる哲学や思想は今という時代を生きるモノサシになり得ると。例えばそれは、作為の無さだったり、他力だったり、多様性だったり、寛容さだったり。約100年前に生まれた言葉「民藝」の現代的な意味・意義を考えながら営んでいます。


小倉ヒラクさんの活動について、民藝運動との相似を僕は感じていて、それは(はじまりは)外からの新しい視点・価値付けであり、大きな流れに対するカウンター・アンチテーゼであり、様々なメディアを駆使して展開していき、(中の人となり)全国に志をともにするネットワークが生まれ、ブーム(流行)ではなくムーブメント(運動)となりつつあることなどなど。


ヒラクさんが民藝に興味を持つことになるのには必然性があったと思いますが、民藝についてもこの本では半ば外部的視点(この行き来する感覚がヒラクさんの真骨頂だと思います!)で取り上げています。「小文字の伝統」の再発見から始まった民藝が、オリジナルの純粋さへの執着と解釈に対する非寛容により「大文字」化したという批判(だけではダメですよ!と書いていますが)もあってフラットな姿勢。「直観」ということにより美意識が柳宗悦個人に依拠しがちだったことなど経緯については違った見方を僕はしていますが、権威化したことは事実だと思います。柳自身が「民藝という言葉に囚われてはいけない」と言っていたり、仏教美学に辿り着き、美醜について述べていたりもするので、柳自身も「大文字化」してしまう(しまった)ことへの危惧はあったと思います。


柳の言う「健やかさ」や「正しさ」についても、ナチスの有機農業の話も交えて、その危険性も書いてらっしゃいって、以前、ヒラクさんとのお話している中で「本物」という言葉についての話題(テマヒマブログでも以前少し触れました)があって、最近の自分にとっての指針の一つでもあるので納得感がありました。西洋と日本、美術と工藝、工業化と手仕事、都市と地方。カウンターとして生まれた民藝、朝鮮や沖縄、アイヌなど周縁、弱者への眼差しのある民藝も「権威」を持ってしまった後は違った伝わり方となってしまいます。


書き始めるととめどなくなってしまうのでこのへんで。

「僕たちは伝統とどう生きるか」は広く、深いだけでなく、この新著を基点に色々考えさせられる、そんな一冊です。全力でおススメしていきたいと思います。


ヒラクさんの初めての著書「発酵文化人類学」はテマヒマ開店前に読ませて頂き、発酵ということの奥深さ、可能性、民藝と発酵をテーマにしたお店を始めることへの後押しとなった一冊で、今回の「僕たちは伝統とどう生きるか」は「発酵文化人類学」同様、これから、版を重ね長く読み続けられることが想像されます。アーティスト・藤井風やドラマ「不適切にもほどがある!」を比喩に使ったりするのはそういう意味ではリスクになり得ますが、それ以上にヒラクさんの「今」まさに伝えなければ、という強い想い、危機感の現われに思います。SNSのハッシュタグ#ぼく伝 の「伝」は伝統であるとともに、「伝」えること、伝えなきゃという想いに思えてきます。


本書のきっかけにもなったヒラクさんのSNSの投稿が前書きにも掲載されています。

「今起こっているのは値上げの問題ではない。

 選択肢そのものがなくなり、自分たちの伝統を失う危機なのです」


小倉ヒラクさんのご著書はおそらくほとんど読んでいると思いますが、テマヒマで新刊書をお取り扱いさせて頂くのは、開店最初期の「発酵文化人類学」「日本発酵紀行」以来のことになります。ご存知のようにテマヒマでは新刊書は取次を通さず、出版社との直接取引のみでお取り扱いさせて頂いています。クルミドコーヒー・胡桃堂喫茶店店主の影山知明さん「続・ゆっくり いそげ」「大きなシステムと小さなファンタジー」などは結局何冊お届けしただろう?ぐらいな感じですが、今回のヒラクさんの新著「僕たちは伝統とどう生きるか」についても、(本屋ってこんなにおススメトークするもんやったっけ?)語って語って語って語って販売して参ります。


1クリックで即日Amazonから届く時代ですが、よろしければ、テマヒマ(或いは地元の個店さん)でお買い求め下さい。「小文字の伝統」が続くのも「小さなお店」が続くのも、皆さんの選択の積み重ねです。


明日も11時オープンで皆様のお越しをお待ちしております。


それでは明日も好いモノ、好いコト、好いトキをテマヒマで。

今日も一日お疲れ様でした。好い夜をお過ごし下さい。


こんばんは。


高槻市にある、民藝の器、暮らしの道具、食に関する古書のセレクトショップ、お味噌や発酵食品中心のカフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。


昨日のテマヒマブログ「流動」の回では、「失敗したくない」感覚、果たして主体的に自分で「選んでいるのか?」という「問い」について、主にAIを意識しながら書いていましたが、SNSについても同様。


今朝の日本経済新聞に掲載のフィナンシャルタイムスのコラムで、現在レベル感は違うものの世界各国でSNSの規制の議論だったりその具体化が進んでいる中、SNSとタバコを比較していて、興味深かったのでシェアしつつ、また所感を述べておきたいと思います。

アメリカでは20世紀中頃まで成人のほぼ半数が喫煙者だったが、2020年には13%前後までに低下しているそう。喫煙と肺がんの因果関係について学者たちが指摘したことが端緒で、一律に減少した訳ではなく、まずは高学歴層の間で喫煙率が低下、所得の低い層は依然として喫煙から抜け出させず、喫煙のパターンが社会経済的な格差を固定・強化している。喫煙者になるかどうかを決定づける大きな要因の一つは、親が喫煙していたかどうか。話は脱線しますが、僕の父は喫煙者でしたが、僕が赤ちゃんの時に、タバコの吸い殻を口に入れるのを見て、タバコを止めた(と母から聞きました)。


皆さん感じているようにSNSには中毒性があって、若者のメンタルヘルスに悪影響をもたらすとか、経済的に恵まれていない若者がSNSで好ましくない体験をしやすいとか、有害性も言われています。コラムニストのサラ・オコナーさんはSNSの利用もタバコと同じような運命をたどるのでは?という予想を書いていて、教育や所得の格差によりSNS依存からの脱却には違いが出て、社会の不平等を映し出し、それを増幅するとしています。


喫煙は誰にとっても等しく危険だがSNSのアルゴリズムは利用者一人一人に最適化しているから危険性が違う、ということを書いていますが、触れられていない論点としてタバコは有料なのに対して、SNSやAIは(今のところ)無料なので、寧ろ中毒性や有害性の問題は深刻になるのでは?と僕自身は考えています。


昨日のブログで結語的に、様々な機能を外部化することで進化してきた人間が退化を始める時代の始まり?と悲観的なことを書きましたが、SNSやAIや自分たちが生み出したものによって苦しむなんて・・・。使い方、付き合い方次第ではあると思いますが・・・。


改めて言うことでもありませんが、テマヒマは全面「禁煙」です。


先程テマヒマは本日の営業終了しました。お越し頂きました皆様ありがとうございました。ランチで満席の為お断りしてしまった皆様申し訳ございませんでした。


明日も11時オープンで皆様のお越しをお待ちしております。ランチの11時半,12時のお時間はご予約で残り10席とお席に余裕がございます。

それでは明日も好いモノ、好いコト、好いトキをテマヒマで。

今日も一日お疲れ様でした。好い夜をお過ごし下さい。

こんばんは。


高槻市にある、民藝の器、暮らしの道具、食に関する古書のセレクトショップ、お味噌や発酵食品中心のカフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。


一昨昨日から昨日にかけて3人の論者による日本経済新聞で「若者世代の消費行動」という連載があり興味深く読みました。初期テマヒマブログではマーケティングよりブランディングということを言っていてマーケティング的なブログをよく書いていましたが、年始のコンサル事業開始宣言のようにマーケティング的なところから少し距離を置きたい感覚があったのですが、社会の流れ、変化というか、購買「心理」というか面白かったです。内容をご紹介しつつ、僕なりの考えも書いてみたいと思います。

若者世代とはありますが他の世代にも共通するところも多く、小々馬敦産業能率大学教授の「逆社会化」現象の指摘は納得です。従来は上の世代の価値観が下の世代に影響を与える「社会化」のプロセスを経て社会通念や慣習が継承されてきたが、デジタル情報のリテラシーの高い子ども世代から親の価値観や消費行動に影響を与える「逆社会化」現象が顕在化しているというもの。ちなみに企業において年上世代の方が若者世代よりデジタルリテラシーが低いことで軽く見られるというシーンがあるかと思いますが、そこだけが価値や評価じゃないよ!って声を大にして言いたいです。


小々馬教授の論は、Z世代とその次のAIネイティブとも言えるα世代との比較ですが、毎日洪水のように浴びせられる情報に乗せられて「選択を失敗したくない」心理は共通していると言います。「失敗したくない」というのは、テマヒマブログではこれまで何度も触れてきているように、全世代的な最近の傾向に思えてなりません。Z世代について述べている鈴木謙介関西大学教授の論考でもこの「失敗したくない」、「失敗の責任と負いたくない」(他責思考)は述べられています。


世代論と合わせて情報の流れの変化を小々馬氏は述べていますが、企業・ブランドから(セグメント単位の粗い)パーソナライズされた情報がユーザーに届く時代から、自分の嗜好を深く知る「私のAI」が企業・ブランドに情報を最適化した情報を取りに行く時代に変わると予想しています。情報の流れが決定的に逆転するということですが、いずれにせよ「果たしてそれは自分で選んでいるのだろうか?」という哲学カフェでも提案したことのある最近の僕の「問い」は何ら変わっていないと思います。


鈴木教授と久保田進彦青山学院大学教授の論で言い回しは違えど共通していて面白いと思ったのは「寝かせる」感覚。鈴木教授は、購入に踏み切るきっかけ(フタを外す/背中を押す)が企業には求められるとしています。


久保田教授が紹介している「リキッド消費」という言葉はお恥ずかしながら初めて知りましたが(マーケティング的なところから離れ、ビジネス書も読まなくなってるのでそりゃそうですが)、短命で・アクセスベース・脱物質的な消費という定義。まとめを抜粋すると

「物事の価値がはかないものとなり、所有に意味を感じず、形あるものを必要としなくなることで、消費は流動化し、気まぐれで移り気な様相を強めていく」

久保田教授はそれに加えて「省力化」という特徴も重要だとして、おススメやランキング、ワンクリック購買などが選択や判断の負担を軽減するように、できるだけ時間や手間をかけない方向に進んでいると指摘します。リキッド消費の時代において、意思決定や思考様式も変わりつつあり、若者の消費行動は変化に適応した合理的な振る舞いでは?と擁護というかやや肯定的に捉えていますが、僕自身はやはり前段に書かれている「主体性の低下」「思考の浅さ」の方が気になるところで、それは若者に限らず、ネット、デジタル、SNS、AIの現代において、これまで様々なものを外部化して進化してきた人間が、大切なことまで外部化して退化を始める、そんな時代の始まりになっていないか?危惧するところです。大袈裟でしょうか?


今日は一日中雨でしたがお越し頂きました皆様ありがとうございました。お客様も少なかったので皆さんゆっくりお過ごし頂けて良かったです。

明日も11時オープンで皆様のお越しをお待ちしております。ランチの11時半、12時のお時間はご予約で満席となっていますので少し遅めにお越し頂くのがおススメです。12時以降のお時間はお料理の確保予約(お席は空き次第のご案内)も承っております。


それでは明日も好いモノ、好いコト、好いトキをテマヒマで。

今日も一日お疲れ様でした。おやすみなさい。







おはようございます。


高槻市にある、民藝の器、暮らしの道具、食に関する古書のセレクトショップ、お味噌や発酵食品中心のカフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。


「京の持ち味、浪速の食い味」

という言葉があります。


というかあるそうです。食に関わる仕事をしているにも関わらず、お恥ずかしながら、ごく最近知りました。素材そのもの持つ味を活かす京料理に対して、大阪の料理は素材を活かしつつも、出汁や調味料で深みやコクを加えた「喰い味」を追求しているということ。「天下の台所」とも言われ商人の町として発展し、全国から人が集まっていたことが背景にあるそう。僕なりにとても単純化すると京料理は引き算、大阪料理は足し算、掛け算ということでしょうか。


ご存知の通り、テマヒマでご提供するお食事は、味噌大好きな、みそソムリエの店主(うちの奥さん)が味噌の多様性、多用性を伝えるため、様々なお味噌を使った様々なお料理をご提供しています。味が決まらい時はお味噌を入れたら決まります!とうちの店主がよく言ってるように、お味噌は味に深みやコクを出してくれます。特にお出汁の鰹節以外は動物性食材を使わないというほぼほぼヴィーガンに振り切ってからは、尚更、お味噌のその力を感じています。


結果、全く意識はしていなかったものの、大阪・高槻のテマヒマのお食事は実は大阪料理の系譜にあると言ってもよい気がして、なんだか面白いなと思いました。うちの店主は枚方、僕は吹田と、ともに大阪育ち(僕は小学生の一時期福岡にいましたが)というのも関係あるのでしょうか。最近よく触れている「伝統」ということで言えば、直接的に伝わっていくもの、間接的に伝わっていくもの、変わらず伝わっていくもの、変わりながら伝わっていくものがありますね。


現在のランチのメインは魯肉飯(ルーローハン)。言わずと知れと台湾を代表するものですが、ほぼほぼヴィーガンなテマヒマでは勿論豚肉は使わずに、インドネシアの伝統的大豆発酵食品テンペを使っています。なかなかカオスな感じになってますが笑、五香粉をはじめ10種類の調味料を使っていて、八丁味噌が入っているのがテマヒマ流。お味噌がいい仕事をしています。ヴィーガンルーローハンのことを素魯飯という言い方もあるみたいですね。大阪料理の系譜って言っておいて創作台湾料理の話をするのもなんだか変な感じですが笑。あくまで「系譜」ということで笑。


テマヒマは先程オープンしました。皆様のお越しをお待ちしております。


ランチの11時半、12時のお時間はご予約で満席となっていますので少し遅めにお越し頂くのがおススメです。12時以降のお時間はお料理の確保予約(お席は空き次第のご案内)も承っております。


それでは好いモノ、好いコト、好いトキをテマヒマで。

今日も好い一日を。














こんばんは。


高槻市にある、民藝の器、暮らしの道具、食に関する古書のセレクトショップ、お味噌や発酵食品中心のカフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。


山口周さんの『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』については、テマヒマブログで過去に取り上げたことがあったと思いますが、COTENの深井龍之介さんと共著で「人文知は武器になる」を出版されました。積読本があるのでまた買っていませんが、その帯には『世界のエリートはなぜ歴史を学ぶのか?』。


「歴史」ということについては、これまでテマヒマブログでも何度かご紹介してきた、「歴史は繰り返さないが韻を踏む」という言葉や、竹村健一さんがよく引用していたビスマルクの「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という言葉を僕は想起しますが、それほどに歴史を知る、学ぶことは重要に思います。そもそも歴史(意識)とは?から始まる小倉ヒラクさんの新著「僕たちは伝統とどうと生きるか」はかなり異色では?


「人文知」とか「リベラルアーツ」或いは「教養」という言葉がよく取り上げられるようになった気がしていて、その重要性が叫ばれているかと思いますが、深さや広さに違いはあるものの、ともに今という時代に、正解のない問いに向き合うために必要なんだろうと思います。テマヒマでの哲学対話/臨床哲学も専門的知識は不要ですが、そういった「人文知」「リベラルアーツ」も役立つでしょうし、借り物の言葉でなく自分の言葉として消化していれば是非使って欲しいとも思います。


最近読み終わった「資本主義と、生きていく。」(品川皓亮/COTEN)の前書きで、人文知を自分の人生に活かすための思考のスタンス、3つの原則を掲げていらっしゃったのでここでご紹介したいと思います。


①個人視点の原則 「主語を大きくし過ぎない」

 どんなに難しいことを学ぶ時にもあくまでそれは自分にとってどんな意味をもつのかという視点で考えるというスタンス。違う文脈かもしれませんがテマヒマの哲学カフェでたまにお伝えする「小さな主語」という点にも通じます


②バランスの原則 「極端に走らない」

 人類の歴史においては極端な意見が悲惨な結果をもたらすことが何度も繰り返されてきました。極端な主張や分かりやすさが受ける今に警鐘を鳴らしたり、多用性や寛容さの重要性を主張している通り、同意です。


③希望の法則 「脱力系の教えに安心しない」

 安易に「あなたのありのままでいい」「成功に囚われてはいけない」という脱力系のアドバイスすることなく、絶望の中にも希望を見出す努力を徹底する。


人文知を人生を活かすためとは、ありますが、それだけに留まらないなぁと思ってご紹介させて頂きました。③は一瞬分かりにくいのですが、僕なりにちょっとずらした別の話を。

民俗学者の宮本常一は確か渋沢敬三に民俗学者としてのありようとして「舞台に主役にならないこと」を言われたと言います。舞台の主役にいると、大事なものを見落としてしまうと。主役になれなくても舞台から降りず、舞台にいることを諦めない姿勢も大事かんと思います。違うか?笑


ちなみに、一昨日の「直線」というタイトルのブログでご紹介したように、この本では資本主義における構造的しんどさ(=追われている感覚)と資本主義の構成要素を説明した後、それらとの「距離感」が大事であると〆る訳ですが、この「距離感」というワードも僕自身とても意識しているところです(前述のバランスというのとも通じますが)


テマヒマでもお取り扱いさせて頂く、小倉ヒラクさんの新著「僕たちは伝統とどう生きるか」の23日発売開始を前に、小出しに関連した内容のブログをここ最近書いていますが、結果的に密かに「資本主義と、生きていく。」からの内容も「継手」「直線」というタイトルのブログ、そして今回とご紹介することになってました。。。


「僕たちは伝統とどう生きるか」「資本主義と、生きていく。」

”生きる”というワードを二人の著者が選んでいるのは偶然でしょうか?

ほぼ同時期に”生きる”というワードが入った書籍を選んで読んでいるというのは偶然でしょうか?


テマヒマは先程本日の営業終了しました。お越し頂きました皆様ありがとうございました。妊婦のお客様、赤ちゃん連れのお客様が多いで、可愛い赤ちゃんたちに癒されました。ランチで満席の為お断りしてしまった皆様申し訳ございませんでした。


明日も11時オープンで皆様のお越しをお待ちしております。ランチの11時半,12時のお時間はご予約で満席となっていますので少し遅めにお越し頂くのがおススメです。12時以降のお時間はお料理の確保予約(お席は空き次第のご案内)も承っております。


それでは明日も好いモノ、好いコト、好いトキをテマヒマで。

今日も一日お疲れ様でした。好い夜をお過ごし下さい。

こんばんは。


民藝と発酵をモノサシに食を通して暮らしの豊かさを提案する古民家セレクトショップ&カフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。


マルコメさんの発酵系WEBメディア「発酵美食」さんに撮影取材頂いた記事が本日公開されました。タイトルは『居心地の良い古民家で発酵と民藝が繋がるセレクトショップ&カフェ「テマヒマ」』。よくこのテマヒマブログでも書いているように開店8年目ともなりますと、新店では勿論なく、逆に老舗的でも無いので、メディアに取り上げられることは少なくなっていて、3月に哲学対話・恩送りチケット開始1年を目前に無料プレスリリースをしましたが特に取材依頼とかはありませんでした。今回「発酵」に特化した、専門的なWEBマガジンでご紹介頂けたこと本当に嬉しく思います。時系列的にはこの撮影取材よりプレスリリースが後となります。


まずは、リンク先の記事をご一読頂ければと思います。

ご覧になってどんなご感想をお持ちになられたでしょうか?


まず記事の長さに驚かれたことと思います。そして「発酵」とか「食」とかだけではなく、「民藝」から「哲学カフェ」や「恩送り」までかなり幅広い話になっていることに驚かれたことと思います。勿論全てに「発酵」的な考え方・見方が通底していると考えているのでお話したのですが、結果的にテマヒマの今を網羅するような記事となったかと思います。


丁寧にご取材頂きありがとうございます。


それにしてもマルコメさんは、日本の味噌市場においてトップシェアの企業ではありますが、このようなWEBメディアを運営してらっしゃることは驚きです。今回の取材でマルコメさんと直接やりとりすることは無く、企画会社さんや制作会社さんとのやりとりでしたが、逆に言うとこのサイトの運営にあたって多くの人が関わっているわけでコストもかかっていることと思います。マルコメさんの自社商品の紹介している訳でもないので、売上・利益あるいはPV数的なことを指標にしているのではなく、発酵や食文化を盛り上げていきたいという想いがあられるのだろうと想像します。


マルコメさんの会社名の由来をホームページで調べてみたら、丸い大豆の丸、米麹の米が由来ということでしたので、今日のブログタイトルは丸米としてみました。


今日はのんびりゆったりした店内でしたが、それでもランチタイムスタートからカフェタイム終了直前までお客様が途切れることなくお越し頂きました皆様ありがとうございました。


明日も11時オープンで皆様のお越しをお待ちしております。ランチの11時半,12時のお時間はご予約で残り7席となっています。


それでは明日も好いモノ、好いコト、好いトキをテマヒマで。

今日も一日お疲れ様でした。好い夜をお過ごし下さい。

おはようございます。


民藝と発酵をモノサシに食を通して暮らしの豊かさを提案する古民家セレクトショップ&カフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。


23日販売!講談社現代新書「僕たちは伝統とどう生きるか」(小倉ヒラク)。

テマヒマブログでは、「保守」「血統」「隣合」というタイトルで、その内容に触れ過ぎず、敢えて派生したことを書いてきました。今日のブログもそんな感じなのですが、それほどにこの本は広く深いだけでなく、きっかけに色々なことを考えさせられる1冊なのです。


「伝統」というものを考えるのに、ヒラクさんはそもそも「歴史」とは?というところから考え始めます。「過去」と「現在」という別の世界がある(或いは自分が生きている世界とば別の考え方やルールの世界がある)という認識はいつ生まれたのか?「歴史意識」が生まれ、「歴史」を発明したのは18世紀後半であり、「伝統を守る、守らければならない」という考えはここ200年のトレンドだという話。時間の流れについてまで考える、言及する。壮大な展開です。お恥ずかしがら、ここで出てくるドイツの哲学者ガダマーのことは存知あげませんでしたが、ヒラクさん流に分かりやすく解釈して書いて下さってるので、ご心配なく(?)。


少し前に読んでいた、『資本主義と、生きていく。~歴史と思想で解き明かす「構造的しんどさ」の正体』(品川皓亮)の中でも時間の流れについて考えさせられる章がありました。同書によると、資本主義におけるしんどさ=追われている感覚には、時間、成長、数字、労働、お金、消費の6つの追手がいるとして、またそれはそれぞれ資本主義の構成要素である、分業、イノベーション、金融、資本、商品、市場と関連があるとしています。その追われている感覚は社会の仕組みそのものから生まれてきたもの。


過去→現在→未来と直線的に時間をとらえる感覚は、キリスト教的な価値観により生まれ、それまでは循環的な時間感覚だったそうです。キリスト教の普及とともに世界に広がり、日本にももちこまれます。ミシェル・フーコーは「監獄の誕生」の中で身体的に時間感覚が刻みこまれ、精神的に時間を守る心構えを作り出すことで、時間に調教された「従順な身体」をもつ人間になると指摘しました。現代人はさらに時間に支配されていて、時間に追われている感覚、便利になったはずなのに「時間が足りない」感覚があります。


この過去→現在という直線的な時間感覚について、僕は現在→過去という時間感覚も人は持っていると思います。僕個人のことで言えば、今「テマヒマ」というお店を営んでいますが、前職時代、新規事業を立ち上げたこと、カフェカルチャーを意識したアパレル企画をやっていたこと、ネット関連の仕事をしたこと、大人数のチームのマネージメントをしていたことなどを振り返って、今との繋がりや関連性、あるいはその反動を見つけ、意味づけていく。おそらくスティーブ・ジョブスが言っていた「コネクティング・ドッツ」ということと同じか似たことかとは思いますが、時間の流れとしては過去→現在ですが、現在からみた過去を見て過去を捉え直すことは皆さんもよくありませんか?歴史というものに広げても、現在というところから見て歴史を捉えているので、歴史は時代時代で書き換えられることは往々にしてありますね。伝統についても同様に思います。先日皇統のことも書きましたがその一つかもしれません。


写真は、先日お土産で頂いたお煎餅のパッケージ。「伝統」はプロモーション的に使われることもありますね。「伝統」ってなんでしょうね?


さて本日より、小鹿田焼黒木昌伸窯メイン特集或いはミニ個展スタートです。11時オープンで皆様のお越しをお待ちしております。


メイン特集案内文を再掲しておきます。


峠を降りて村に入れば耳に聞こえるのは水車の響きである。焼物の土を砕くのである。音の間はいたく長い。大きな受箱が少しの水を待っている。急ぐ用もないのである。待ちどおしく思うのは吾々の心だけと見える。だがこの緩かな音があってこの窯があるのである。

(略)

この窯には時代が無いのだと云った方が早い。思いようによっては正に時代遅れの窯である。それを誇る人もあろうが不思議なことには最も進んだ科学が産むものより、兎も角美しい。

(日田の皿山/柳宗悦 1931年9月)


小鹿田焼・黒木昌伸窯より、今年も器が届きました。


人気のテマヒマ的定番も押さえつつ、別注も含め、テマヒマ初登場!のものを中心に注文させて頂きました。食卓登場回数の多いサイズやカタチが数多く揃ったかと思います。

技法・模様を掛け合わせながら、それでいて奇を衒うことのない器。自己主張する訳ではないのに個性が滲み出るような器。それは昌伸さんのお人柄からくるものでしょうか。

毎年書いていますが、小鹿田焼は自分にとって民藝を意識して初めて買った器であり、皆さんにとっても民藝や手仕事のの入り口やきかけになればと思います。


是非お手に取ってご覧下さい。

皆様のお越しをお待ちしております!

おはようございます。


民藝と発酵をモノサシに食とを通して健やかな暮らしを提案する、古民家セレクトショップ&カフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。


「血統」という回に続いて、テマヒマブログにしては珍しく?政治ネタ(?)です。

今日も小倉ヒラクさんの新著「僕たちは伝統とどう生きるか」を読みながら、「保守」ということについて考えていました。ヒラクさんの著書に書かれていることではありません。


「保守」というと、「右」とか「復古主義」とか「愛国心」とか「排外主義」とか強い「国家観」や「道徳観」そういったイメージで語られます。本来の「保守」は、啓蒙主義に対するカウンターというか、人間は不完全なものなので、理性による急進的な改革や革新ではなく、時代に合わせて柔軟に漸進的に変化すべきという考え方。参議院選挙中に「限られた人のためのオーガニックは私たちの目指す世界ではありません」という声明に賛同する際に、政治学者・中島岳志さんの「保守」論をテマヒマブログでもご紹介させて頂きました。人間は不完全なもの、間違いを犯すかもしれないと考えるなら、普通は独裁には進まないし、みんなでじっくり話し合おうとするでしょうし、他者の価値を否定したりせず寛容であろうとするように思います。リベラルと保守は反対概念にように言われますが、中島さんは「リベラル保守」という言い方をするように、相容れるものです。


僕が思うに、民藝や発酵をモノサシとして導かれるは「寛容さ」であり「多用性」であり、中島さんの言うところの本来の「保守」と共鳴するところです。投票権を得てから30年強、自民党が圧勝した選挙も含め、所謂保守政党に投票したことはありませんが。。。


小倉ヒラクさんの新著で「伝統」ということについて、「大文字の伝統」と「小文字の伝統」と区分して考えることを提唱しています。テマヒマでの哲学対話・哲学カフェで僕はよく「小さな主語」ということを言っているので、全く別の文脈ですが、とても共感があり、この「大文字」「小文字」の伝統という整理はとても分かりやすいです。詳細は23日からテマヒマでも販売開始予定ですので是非読んで頂きたいのですが、伝統=保守という訳ではありませんが、ヒラクさんの言う「小さな伝統」と中島さんの言う「本来の保守」がとても近く感じられ、今回のブログとなりました。


conte pop up shop は本日最終日です。

今日も11時オープンで皆様のお越しをお待ちしております。ランチの11時半、12時のお時間はご予約で満席となっていますので少し遅くお越し頂くのがおススメです。

尚、本日は1時間早い17時閉店とさせて頂きます。conte製品のお取り置きや通販のお問合せも本日17時までとさせて頂きます。


それでは好いモノ、好いコト、好いトキをテマヒマで。

今日も好い一日を。