井戸
こんばんは。
高槻市にある、民藝の器、暮らしの道具、食に関する古書のセレクトショップ、お味噌や発酵食品中心のカフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。
「姥捨」というタイトルでご紹介した畑中章宏さんの「老いに追われて」の中で、「井戸」について書かれた文章がありました。少し長くなりますが引用させて頂きます。
「井戸や井戸端は、すぐれて民俗学的な場所であり、観念である。かつての共同体では、街や村の真ん中にあり、そこに行けばさまざまな世代のひとと、なんでもない言葉を交わせる場所としてあった。そして井戸端では速度がゆるくなり、時間が滞留する。井戸は「あの世」の入り口、出口であり、昔むかし井戸を伝って、地獄とのあいだを往き来したひともいた。町じたいが高齢化し、過疎化し、経済的に立ちいかなくなると、井戸や井戸端の持っていた意味が見失われてしまう。
こうした井戸は「辻」とよばれる場所に掘られていた。
いまでは辻は、交差点のような地理的なイメージで思い浮かべられるかもしれないけれど、もう少し重層的な場所である。いくつかの道が交わるところ、また複数の時間が交錯するところが辻だった。ただ現実には井戸端や辻は、町や村の情報交換の場になるとともに、だれがどこでなにをしているかを共有し、「干渉」のもとになる場所でもあった。」
1972年(昭和47年)豊中生まれですので、もはや井戸が町の中心にあるということはなかったですが、福岡を経て小6で吹田に戻ってきた時(80年代中盤)、子供ながらにあれは「井戸端会議」だなぁと思う光景がありました。それは生協の共同購入。団地住まいだったのですが、決まった曜日の決まった時間になると、主婦の皆さんが集まって。その中の一人がうちの母だったわけですが、確かにそこで様々な情報が行きかっていたのでは?と思います。固定した井戸ではなく、移動式の井戸(洒落ではない笑)。今や専業主婦も多くはなにですし、そういうコミュニティも無いと思うので、共同購入の形態があるかどうかは分かりませんが。いやコミュニティ先で共同購入が後ではなく、共同購入が先でコミュニティが後。共同体があって井戸があるのでは無く、井戸があって共同体が生まれる。そして各個人宅まで個別配達されれば便利なのでしょうけど、その少しの不便さ、余白にコミュニティが生まれるのだと思います。
前回に続き、前職の話を登場させると。長らく勤めていた通販会社は元々その基盤・祖業は職域の頒布会でした。企業や事務所の、お世話さんと呼ばれる方に注文をとりまとめて頂き、新商品の紹介をしたり、配送したり、集金までお願いするというビジネスモデルでした。定額で継続するという意味では今のサブスクサービスと同様あるいは先駆けと言えなくも無いですが、商品の問題もあるとは思いますが、それ以上に雇用形態の多様化とか職場の人間関係の変化等により衰退していき、個人通販が取って変わることになります。ビジネスから言えば、環境変化に対応・適応せざるを得なかったと思いますが、コミュニティ、共同体意識というところから考えると、違う可能性があったのかもしれません。
そして今、8年目のテマヒマ。昨年から哲学対話を始めたり、恩送りのOmoiyari Ticket/Omoiyari Noteを始めたことで、よりコミュニケーション、コミュニティを意識するようになりました。街の真ん中というわけではありませんが、辻、井戸、井戸端的な役割、場所になってきているのではと思いますがいかがでしょうか?
確か、井戸というタイトルで昔ブログを書いたはず!と思って検索したのですが見つかりませんでした。その途中で「市井」というタイトルのブログを見つけました。古代中国で、井戸のある場所に人が多く集まって市が出来たことから、人が多く集まり住むところを指して「市井」というようになり、転じて庶民や大衆をあらわすようになった。5年前は「人が集まる場所、人が集まることで文化の生まれる場所」でありたいと書いていました。
写真は日曜日の月イチ朝カフェ「哲学対話の時間」(哲学カフェ)の第十五回目開催直前の店内の様子。今回は持ち寄った問いの中から選ばれた「自分の意見とは?」について対話が繰り広げられました。日常を基点にしているという意味では共通しますが、所謂、井戸端会議とは違いますね。次回は7月12日を予定しています。
それでは明日も好いモノ、好いコト、好いトキをテマヒマで。
好い夜をお過ごし下さい。おやすみなさい。
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