職場
こんばんは。
高槻市にある、民藝の器、暮らしの道具、食に関する古書のセレクトショップ、お味噌や発酵食品中心のカフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。
少し前の新聞記事ですが、15~64歳の就業者を対象者にしたアンケートで「職場に自分の居場所がある」との回答が2024年では54.9%で約10年前より11.3%減ったという報告がありました。30歳-50代の働き盛りの世代の落ち込みが目立ったとのこと。業務負荷が高まったり、貢献出来てる実感を持ちにくかったり、対面での会話や雑談が減少したりしたのが理由では?と。
ワークライフバランスという言葉に対して、ワークとライフを分けて考えずに、ライフの中にワークがあるイメージという自身の労働観(?)を以前テマヒマブログで書いたことがあるぐらいなので、ライフのかなりの時間を占めるワークの中で居場所が無い、孤独を感じる人が半数近い、その半数近い方は本当に辛いだろうなと思います。
哲学カフェを開催し続けてきたので、そもそも「職場に自分の居場所がある」とはどういうことか?」そもそも「居場所とは?」と問いを深めたい気もしますが、話を進めます笑。ちなみに週末の月イチ朝カフェ「哲学対話の時間」第十六回はお蔭様で満席御礼となっています。ありがとうございます。
うち(前職)の同期で、2度転職している彼は、そのうち1社について「うちの会社」って呼べなかったって言ってました。うち=家、関西人特有の言い回しなのかもしれませんが、自分の会社って思えるかどうかが、そこに居場所があるかどうかのラインかもしれませんね。家に居場所がないお父さんとかって話になるとややこしいですけど笑。
僕自身の話をすると、サラリーマン時代22年間働いていて、有難いことに居場所が無いとまで思ったことはありませんでした。最終盤、ファッション系の部署とネット系の部署をマネージャーとして行き来していて、ファッション系の人にはネットの人として見られ、ネット系の人にはファッションの人と見られ、他者目線で客観視出来る強みはありつつも、実はどこにも所属していないような、なんというかノマド感みたいなものがあったりもしました。テマヒマでは、民藝と発酵という二軸でお店を営んでいますが、振り返るとサラリーマン時代から二軸で見る、考える、というのは何も変わってないなぁと思います。。。
この記事では、サードプレイス(第三の居場所)へと話が進みます。2025年11月の調査によると20-59歳の正社員でサードプレイスがある人は48%に達したとのこと。正社員ではない人はどうでしょうか?正社員でない人の方が必要としてそうですけど。サードプレイスがある人の方が、ない人より仕事・私生活どちらも満足している割合が12.5%高いとありました。
サードプレイスに対して、クルミドコーヒーの代表影山知明さんが「サードタイム」という概念を提唱されていて、カフェでの時間は自分自身の時間、僕なりに意訳して、素(す)に戻れる時間ということを書いたことがあります。(テマヒマブログ「素時」)
民藝の若き研究者・佐々風太さんが「無名性は、死者も含めてone of them(大勢の中の一人)であることを肯定する思想である。」と述べてらっしゃって、朝ドラ「ばけばけ」にも絡めて「何者でもないことの肯定」という僕なりの意訳を書きました(テマヒマブログ「何者」)
合わせ技ですが、「カフェはサードプレイス(第三の居場所)とも言われ、社会的属性を脱ぎ捨てて「何者」でもないことが許される時間だ。」ということを最近ある原稿で書きました。
テマヒマが誰かにとっての「サードプレイス」になれてるとは思うのですが、いかがでしょうか・・・?
この記事の中で、職場の「居場所感」と働きがい「ワークエンゲージメント」とは相関しているとありました。セカンドプレイス・セカンドタイムであるテマヒマはスタッフの皆さんにとって居場所感はあるでしょうか?自分のお店(うちのお店)と思えてるでしょうか?
間もなくテマヒマ本日の営業終了致します。のんびりゆったりした店内でしたが暑い中お越し頂きました皆様ありがとうございました。
7月最終日の明日も11時オープンで皆様のお越しをお待ちしております。ランチの11時半,12時のお時間はご予約で残り4席となっています。
それでは明日も好いモノ、好いコト、好いトキをテマヒマで。
今日も一日お疲れ様でした。好い夜をお過ごし下さい。
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