核心
こんにちは。
民藝と発酵をモノサシに食を通して健やかな暮らしを提案する古民家セレクトショップ&カフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。
『日本文化の核心~「ジャパン・スタイル」を読み解く(松岡正剛/講談社現代新書)』読了しました。寝る前の布団読書だけではなかなか進まずに夏休みに入って一気に。あとがきで正剛さんが言うには講談社現代新書に書き下ろすのは「知の編集術」以来20年ぶりとのこと。「知の編集術」は、企画力向上ということで前職でオンラインで受講した講座のテキストでした。前職も今も「編集」ということは仕事に大きく関連しています。それこそ20年以上ぶりに読み返してみようかな。
前書きの中に、「日本文化はハイコンテキストで、一見、わかりにくいとみえる文脈や表現にこそ真骨頂があるのです。わかりやすさを求めればいいというものではありません。」という一文があります。独自の方法論で日本文化の本質を見通す「松岡日本論」の集大成。という帯の「集大成」という言葉に惹かれてこの本を選んでおいてなんですが、現代は出来るだけ最短距離で、効率的に「答え」に辿り着こうとしがちですし、分かりやすさを求めがち、そのために大事なことが零れ落ちてしまっているように感じます。短文のSNSを中心に繰り広げられる罵倒する世界にはもはや日本文化のハイコンテキスト性は存在しない気もします。
続けて前書きから一部抜粋してのご紹介ですが、『日本文化の正体は必ずや「変化するもの」にあります。神や仏にあるわけでもなく、神や仏が「変化するところ」に日本文化の正体があらわれるのです。それはたいてい「おもかげ」や「うつろい」を通してやってくる。これがジャパン・スタイルです。』視点としては、松岡正剛さんがよく仰ってるデュアルスタンダード、二項同体思考も貫かれているように思います。
前半、結構な分量で、古事記や日本書紀、日本の神話についての記述があります。神話ですから史実ではない。でも全くの空想でもないでしょうから、その物語が生まれた背景や文脈、そこに込められた意味や精神性から、日本文化の日本というものを読み取ろう、読み解こうとしています。
皇室典範改正にあたって、保守系(本来の保守ではない)というか右寄りの人たちが、男系男子にこだわる根拠として、神武天皇以来とか、皇紀2600年とかということをさかんに主張していました。神話の世界をそのまま受け取っていることもどうかと思いますし、そもそも「皇紀〇〇年」とかということがどういう文脈のもとで言われ出したのか、どういう意味をそこに込めようとしたのか、ということを読み解けば、本当に危険なことに思えてなりません。日本の伝統と言えば言うほど、伝統から離れていきます。松岡正剛さんがご存命だったらどういう態度をとられたでしょうか?
『今日の日本社会はコンプライアンスに惑わされ、監視カメラと賞味期限に縛られ、安全安心なことろでしか仕事ができないようにしています。(略)自粛なのか、自己規制なのかはわかりませんが、多くの現象や表現が衛生無害なものに向かっていて、(略)これは「監視社会」で「忖度社会です』(第十一講かぶいて候ーいまの日本社会に足りない「バサラ」の心意気)
『ネット社会による「いいね」文化の拡張のせいか、日本の反知性主義の蔓延のせいか、コンプライアンスと情報公開主義の定常化によるのかどうかは、にわかには判断しにくいけれど、私の実感ではこのところの日本の情報文化は「わかりやすさ」のほうに大きく流れていっていると思います。』(第十四講ニュースとお笑いー「いいね」文化の摩滅。情報の編集力を再考する)
といった現代日本への批評は共感するところも多く、何度も読み返したい本です。
前書きで、日本文化を理解するための必読書として、柳宗悦「民芸とは何か」以外に、村田珠光「心の文」、九鬼周蔵「いきの構造」、岡潔「春宵十話」、山本憲一「利休にたずねよ」、岩下尚史「芸者論」、中村昇「落語哲学」を挙げてらっしゃいます。民藝を理解し考えるのに、民藝以外のことを知ることが大事だなと思っています。松岡正剛さんのサイト「千夜千冊」でまずはチェックしてみよかな。そういうところがアカン言うてはるんやで!(笑)。まぁ何も読まないよりは良しとさせて頂きましょう(笑)
テマヒマは引き続き夏休みを頂いています。
8/27(木)11時オープンで皆様のお越しをお待ちしております。
それでは今日も好い一日を。
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