合祀
こんばんは。
高槻市にある、民藝の器、暮らしの道具、食に関する古書のセレクトショップ、お味噌や発酵食品中心のカフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。
NHKスペシャル「靖国神社 秘録 空白の戦後史」を見ました。A級戦犯合祀については、靖国神社の独自の決定・実行だったと言われていて、それ自体は事実ですが、その背景・過程には厚生省(引揚援護局)や遺族会の影響があったというもの。一方、戦犯の合祀を進めた官僚(元軍人)は退官まで靖国神社に送る名簿の中にA級戦犯を入れなかったり、靖国神社でA級も含めた合祀が決定した後も、宮司預かりとして長年実行に踏み切ることが無かった宮司(元皇族)がいたりということもありました。その宮司亡くなり替わったタイミングの1978年に極秘裏にA級戦犯合祀が実行された。大きく国際問題化したのは中曽根首相(当時)の公式参拝以降。というのがざっくりした経緯でしょうか。
経緯以外に補足をすると
・B・C級戦犯(住民殺害や捕虜虐殺などの戦争犯罪、人道に対する罪)に限って合祀を推進した前出の官僚は、千鳥ヶ淵戦没者墓苑の創設にも尽力していた
・昭和天皇は、A級戦犯の合祀(とそれを実行した宮司)に不快感を側近に漏らし、それ以降一度も靖国神社を参拝していない。
・首相の公式参拝について政教分離原則への抵触については検討していたが、中国・韓国の反発を想定出来ていなかった。
これまでテマヒマブログで、縄文→弥生の変化などを例にグラデーション的に捉えることの重要性を書いてきました。敗戦→戦後についても、教科書に墨を塗るというシンボリックな出来事を代表に価値観が180度変わったことが強調され、実際そこは大きいとは思いますが、戦前から残り続けた(あるいはここ最近復活してきた)考え方などもある、グラデーション的に捉えることが重要だとこの番組を見て感じたことです。陸軍省・海軍省から厚生省に変わっても靖国と政府とは繋がっていたわけですし、軍人はいなくなっても元軍人が役所にはいたわけですし、戦前に出来た1940年体制が戦後の復興・高度成長に繋がっているという説はよく言われているところですし。
この番組を見て感じたのは、あと2点あって、一つは日本が先の戦争についてきちんと総括出来ていないこと、曖昧にしてきたことが問題の根幹にあるということ。もう一つは、A級戦犯の合祀決定はその時の宮司の決定に反対は出ておらず、(靖国問題に限らず)トップの決定、属人性の怖さということです。
番組で紹介されていた、前出のA級戦犯合祀を長年実行しなかった宮司の言葉を紹介したいと思います。
『戦争はお互いの挑戦によって止むを得ず立ち上がったという説明がなされます。
大東亜戦争の場合も同様でありました。
然し、如何なる理由にせよ話し合いで事を解決し
実力に訴える事は極力さけるべきであります。』
「新しい戦前」(タモリさん)という言葉をご紹介したことも、「歴史は繰り返さないが韻を踏む」という言葉をご紹介したこともあります。
「政治の話を練習する時間」でも出ていたように、政治の話を忌避しがちな風潮もありつつ、政治の話をしなければならない現状もある気がしています。
テマヒマは今日明日火曜日水曜日で定休日です。
明後日木曜日11時オープンで皆様のお越しをお待ちしております。
今日も一日お疲れ様でした。好い夜をお過ごし下さい。
0コメント