友情こんばんは。民藝と発酵をモノサシに食を通して暮らしの豊かさを提案する古民家セレクトショップ&カフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。10日ほど前のことですが、9月に開催される某百貨店の某催事の打ち合わせで河井寛次郎記念館にお邪魔しました。昨年の経験を踏まえて、ただ催事出店するだけでなく、催事内の一部イベントの企画にも入らせて頂いています。受け身ではなく敢えて積極的に関与する姿勢。この案件については顔合わせのセッティングまでが僕の役割みたいなものですが、楽しみなイベントになりそうです。また正式に発表されましたらお知らせしたいと思います。打ち合わせの後、お食事しながら雑談していた時のことですが、どういう流れだったか忘れましたが「配り手の皆さん同士って仲が良いですよね?」という話になりました。実際、僕と前後10歳ぐらいのほぼ同世代の配り手の皆さんとは親しくさせて頂いていると思います。テマヒマ開店から8年目なので業界内ではまだまだ若手で、皆さん大先輩なのですが。その「問い」に対して、「昔に比べて売れない時代だからというのもあるんじゃないですか?」ふと僕の口から出たのはそんな答えでした。民藝第何世代かは分かりませんが、上の世代は仲が悪かったという話はよく聞きます。おそらく放っておいても「民藝」と言えば売れる時代で、品物の取り合いみたいな様相だったのだろうと思います。時代が変わったことと、その同世代の配り手がモノとしての民藝だけでなく、思想としての民藝についても学んだり、学ぼうとしている人が多いのもあるかもしれません。逆にそういう配り手と親しくさせて頂いているとも言えます。作家物を扱っていて民藝は売れるからと参入してすぐ撤退した人を知っていますが、そういう人は作り手にも周りの配り手にも見抜かれてしまいます。一方「売る」「売れる」ということだけにこだわって、実際に売れているという噂のお店も聞きますが・・・・。福岡の工藝風向の店主で雑誌民藝の編集長でもある高木崇雄さんが民藝に流れているのは、その前史とも言える白樺時代からの「友情」であるということを以前仰っていました。そういう意味では前世代に比べて、現在の民藝の作り手同士、配り手同士、作り手と配り手の関係性の方が「白樺」的な雰囲気があるのかもしれません。先程の雑談に戻って、配り手の我々が作り手をお呼びする時に苗字ではなく名前で呼ぶのを某百貨店さんは最初驚いたと仰っていました。意識していませんでしたが、確かに下の名前でお呼びすることが多いです。おそらくは家業として代々継いでらっしゃるところが多いので、親子・兄弟などで呼び分けるためそうしてるのかなと思いますが、それが距離を縮めるというか、親しさに繋がっている面はあるかもしれません。濱田庄司の孫で、関西学院大学教授の濱田琢司さんが、濱田庄司や河井寛次郎らは、柳宗悦より年下だったけど柳のことを呼び捨てで呼んでいたが、工藝の道を読んで以降民藝運動に参加した同人たちは柳さん、柳先生と呼んでいたという分析をしていて、年齢ではタイミングなんだというのが面白かったです。民藝運動に限らずですが、どう呼ぶかから関係性が見えてくることはありますね。ちなみに、多くの配り手の方は年下の作り手のことを〇〇君と呼んでいますが、僕は基本的に〇〇さん派です。それはこの業界に入ってまだ8年目の若手で、作り手の方が歴が先輩ということもあるのですが、実はサラリーマン時代から、部下の人、年下の人も含め、誰でも〇〇さんと「さん付け」していたのが大きいです。ちなみに年上の人、上司も、役職名ではなく〇〇さんと頑なに呼んでいました。写真は本文とは全く関係ないですが、河井寛次郎記念館の看板猫「えきちゃん」。先日訪問した時に撮った写真です。昨日ご紹介しました小倉ヒラクさんの新著「僕たちは伝統とどう生きるか」、本日から発売開始しましたが、早速お求め頂いた方がいらっしゃって良かったです。明日も11時オープンで皆様のお越しをお待ちしております。ランチの11時半、12時のお時間はご予約ので残り3席となっています。12時以降のお時間はお料理の確保予約(お席は空き次第のご案内)も承っております。それでは明日も好いモノ、好いコト、好いトキをテマヒマで。今日も一日お疲れ様でした、好い夜をお過ごし下さい。2026.04.25 11:30
僕伝こんばんは。民藝と発酵をモノサシに食を通して健やかな暮らしを提案する古民家セレクトショップ&カフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。小倉ヒラクさんによる新著「僕たちは伝統とどう生きるか」(講談社現代新書)販売開始日から2日遅れてしましたが、テマヒマでも明日よりお取り扱い開始となります。23日にそれをお目当てにお越し下さった方もいらっしゃって、出版社さんの手違いとは言え申し訳ございませんでした。バリューブックスさんでの先行販売が大変好評で、販売本番前に重版が決まるなど既に界隈では話題作となっています。テマヒマブログでも小出しに中身にあまり触れ過ぎずに周辺話題を絡めながら断続的にご紹介してきました。(ブログタイトル:隣合、血統、保守、直線、共生)以前、帯に書かれている言葉から本の内容をご紹介しましたが、今日は目次から。プロローグ あなたにとって、伝統とは何ですか?第1章 大文字の伝統と小文字の伝統第2章 「歴史」の誕生、さびしさの地平融合第3章 発酵 見えないものとつむぐ伝統第4章 民藝 つくることの伝承第5章 鵜飼 異なる存在と、風土を旅するエピローグ 向かい合うな、となり合え目次をご覧になっただけでも、発酵デザイナーという肩書きでは捉えきれない広さを感じられるかと思いますが、深さもあり、ヒラクさん一流の硬軟交えた語り口で、読み進めていくうちにそれが繋がっていきます。「伝統」というビッグワードを、大文字の伝統と小文字の伝統という分けて捉え直すことで、整理されます。この二分法、「伝統」以外にも転用・応用出来ると思うのですが、ヒラクさんの論は、それを単なる二項対立では終わらせません。テマヒマでは開店当初から「民藝」と「発酵」をモノサシにと掲げ続けています。民藝と発酵には共通することが多くて、そこから導かれる哲学や思想は今という時代を生きるモノサシになり得ると。例えばそれは、作為の無さだったり、他力だったり、多様性だったり、寛容さだったり。約100年前に生まれた言葉「民藝」の現代的な意味・意義を考えながら営んでいます。小倉ヒラクさんの活動について、民藝運動との相似を僕は感じていて、それは(はじまりは)外からの新しい視点・価値付けであり、大きな流れに対するカウンター・アンチテーゼであり、様々なメディアを駆使して展開していき、(中の人となり)全国に志をともにするネットワークが生まれ、ブーム(流行)ではなくムーブメント(運動)となりつつあることなどなど。ヒラクさんが民藝に興味を持つことになるのには必然性があったと思いますが、民藝についてもこの本では半ば外部的視点(この行き来する感覚がヒラクさんの真骨頂だと思います!)で取り上げています。「小文字の伝統」の再発見から始まった民藝が、オリジナルの純粋さへの執着と解釈に対する非寛容により「大文字」化したという批判(だけではダメですよ!と書いていますが)もあってフラットな姿勢。「直観」ということにより美意識が柳宗悦個人に依拠しがちだったことなど経緯については違った見方を僕はしていますが、権威化したことは事実だと思います。柳自身が「民藝という言葉に囚われてはいけない」と言っていたり、仏教美学に辿り着き、美醜について述べていたりもするので、柳自身も「大文字化」してしまう(しまった)ことへの危惧はあったと思います。柳の言う「健やかさ」や「正しさ」についても、ナチスの有機農業の話も交えて、その危険性も書いてらっしゃいって、以前、ヒラクさんとのお話している中で「本物」という言葉についての話題(テマヒマブログでも以前少し触れました)があって、最近の自分にとっての指針の一つでもあるので納得感がありました。西洋と日本、美術と工藝、工業化と手仕事、都市と地方。カウンターとして生まれた民藝、朝鮮や沖縄、アイヌなど周縁、弱者への眼差しのある民藝も「権威」を持ってしまった後は違った伝わり方となってしまいます。書き始めるととめどなくなってしまうのでこのへんで。「僕たちは伝統とどう生きるか」は広く、深いだけでなく、この新著を基点に色々考えさせられる、そんな一冊です。全力でおススメしていきたいと思います。ヒラクさんの初めての著書「発酵文化人類学」はテマヒマ開店前に読ませて頂き、発酵ということの奥深さ、可能性、民藝と発酵をテーマにしたお店を始めることへの後押しとなった一冊で、今回の「僕たちは伝統とどう生きるか」は「発酵文化人類学」同様、これから、版を重ね長く読み続けられることが想像されます。アーティスト・藤井風やドラマ「不適切にもほどがある!」を比喩に使ったりするのはそういう意味ではリスクになり得ますが、それ以上にヒラクさんの「今」まさに伝えなければ、という強い想い、危機感の現われに思います。SNSのハッシュタグ#ぼく伝 の「伝」は伝統であるとともに、「伝」えること、伝えなきゃという想いに思えてきます。本書のきっかけにもなったヒラクさんのSNSの投稿が前書きにも掲載されています。「今起こっているのは値上げの問題ではない。 選択肢そのものがなくなり、自分たちの伝統を失う危機なのです」小倉ヒラクさんのご著書はおそらくほとんど読んでいると思いますが、テマヒマで新刊書をお取り扱いさせて頂くのは、開店最初期の「発酵文化人類学」「日本発酵紀行」以来のことになります。ご存知のようにテマヒマでは新刊書は取次を通さず、出版社との直接取引のみでお取り扱いさせて頂いています。クルミドコーヒー・胡桃堂喫茶店店主の影山知明さん「続・ゆっくり いそげ」「大きなシステムと小さなファンタジー」などは結局何冊お届けしただろう?ぐらいな感じですが、今回のヒラクさんの新著「僕たちは伝統とどう生きるか」についても、(本屋ってこんなにおススメトークするもんやったっけ?)語って語って語って語って販売して参ります。1クリックで即日Amazonから届く時代ですが、よろしければ、テマヒマ(或いは地元の個店さん)でお買い求め下さい。「小文字の伝統」が続くのも「小さなお店」が続くのも、皆さんの選択の積み重ねです。明日も11時オープンで皆様のお越しをお待ちしております。それでは明日も好いモノ、好いコト、好いトキをテマヒマで。今日も一日お疲れ様でした。好い夜をお過ごし下さい。2026.04.24 09:34
禁煙こんばんは。高槻市にある、民藝の器、暮らしの道具、食に関する古書のセレクトショップ、お味噌や発酵食品中心のカフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。昨日のテマヒマブログ「流動」の回では、「失敗したくない」感覚、果たして主体的に自分で「選んでいるのか?」という「問い」について、主にAIを意識しながら書いていましたが、SNSについても同様。今朝の日本経済新聞に掲載のフィナンシャルタイムスのコラムで、現在レベル感は違うものの世界各国でSNSの規制の議論だったりその具体化が進んでいる中、SNSとタバコを比較していて、興味深かったのでシェアしつつ、また所感を述べておきたいと思います。2026.04.24 09:16
流動こんばんは。高槻市にある、民藝の器、暮らしの道具、食に関する古書のセレクトショップ、お味噌や発酵食品中心のカフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。一昨昨日から昨日にかけて3人の論者による日本経済新聞で「若者世代の消費行動」という連載があり興味深く読みました。初期テマヒマブログではマーケティングよりブランディングということを言っていてマーケティング的なブログをよく書いていましたが、年始のコンサル事業開始宣言のようにマーケティング的なところから少し距離を置きたい感覚があったのですが、社会の流れ、変化というか、購買「心理」というか面白かったです。内容をご紹介しつつ、僕なりの考えも書いてみたいと思います。2026.04.23 13:56
喰味おはようございます。高槻市にある、民藝の器、暮らしの道具、食に関する古書のセレクトショップ、お味噌や発酵食品中心のカフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。「京の持ち味、浪速の食い味」という言葉があります。というかあるそうです。食に関わる仕事をしているにも関わらず、お恥ずかしながら、ごく最近知りました。素材そのもの持つ味を活かす京料理に対して、大阪の料理は素材を活かしつつも、出汁や調味料で深みやコクを加えた「喰い味」を追求しているということ。「天下の台所」とも言われ商人の町として発展し、全国から人が集まっていたことが背景にあるそう。僕なりにとても単純化すると京料理は引き算、大阪料理は足し算、掛け算ということでしょうか。ご存知の通り、テマヒマでご提供するお食事は、味噌大好きな、みそソムリエの店主(うちの奥さん)が味噌の多様性、多用性を伝えるため、様々なお味噌を使った様々なお料理をご提供しています。味が決まらい時はお味噌を入れたら決まります!とうちの店主がよく言ってるように、お味噌は味に深みやコクを出してくれます。特にお出汁の鰹節以外は動物性食材を使わないというほぼほぼヴィーガンに振り切ってからは、尚更、お味噌のその力を感じています。結果、全く意識はしていなかったものの、大阪・高槻のテマヒマのお食事は実は大阪料理の系譜にあると言ってもよい気がして、なんだか面白いなと思いました。うちの店主は枚方、僕は吹田と、ともに大阪育ち(僕は小学生の一時期福岡にいましたが)というのも関係あるのでしょうか。最近よく触れている「伝統」ということで言えば、直接的に伝わっていくもの、間接的に伝わっていくもの、変わらず伝わっていくもの、変わりながら伝わっていくものがありますね。現在のランチのメインは魯肉飯(ルーローハン)。言わずと知れと台湾を代表するものですが、ほぼほぼヴィーガンなテマヒマでは勿論豚肉は使わずに、インドネシアの伝統的大豆発酵食品テンペを使っています。なかなかカオスな感じになってますが笑、五香粉をはじめ10種類の調味料を使っていて、八丁味噌が入っているのがテマヒマ流。お味噌がいい仕事をしています。ヴィーガンルーローハンのことを素魯飯という言い方もあるみたいですね。大阪料理の系譜って言っておいて創作台湾料理の話をするのもなんだか変な感じですが笑。あくまで「系譜」ということで笑。テマヒマは先程オープンしました。皆様のお越しをお待ちしております。ランチの11時半、12時のお時間はご予約で満席となっていますので少し遅めにお越し頂くのがおススメです。12時以降のお時間はお料理の確保予約(お席は空き次第のご案内)も承っております。それでは好いモノ、好いコト、好いトキをテマヒマで。今日も好い一日を。2026.04.19 02:11
共生こんばんは。高槻市にある、民藝の器、暮らしの道具、食に関する古書のセレクトショップ、お味噌や発酵食品中心のカフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。山口周さんの『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』については、テマヒマブログで過去に取り上げたことがあったと思いますが、COTENの深井龍之介さんと共著で「人文知は武器になる」を出版されました。積読本があるのでまた買っていませんが、その帯には『世界のエリートはなぜ歴史を学ぶのか?』。「歴史」ということについては、これまでテマヒマブログでも何度かご紹介してきた、「歴史は繰り返さないが韻を踏む」という言葉や、竹村健一さんがよく引用していたビスマルクの「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という言葉を僕は想起しますが、それほどに歴史を知る、学ぶことは重要に思います。そもそも歴史(意識)とは?から始まる小倉ヒラクさんの新著「僕たちは伝統とどうと生きるか」はかなり異色では?「人文知」とか「リベラルアーツ」或いは「教養」という言葉がよく取り上げられるようになった気がしていて、その重要性が叫ばれているかと思いますが、深さや広さに違いはあるものの、ともに今という時代に、正解のない問いに向き合うために必要なんだろうと思います。テマヒマでの哲学対話/臨床哲学も専門的知識は不要ですが、そういった「人文知」「リベラルアーツ」も役立つでしょうし、借り物の言葉でなく自分の言葉として消化していれば是非使って欲しいとも思います。最近読み終わった「資本主義と、生きていく。」(品川皓亮/COTEN)の前書きで、人文知を自分の人生に活かすための思考のスタンス、3つの原則を掲げていらっしゃったのでここでご紹介したいと思います。①個人視点の原則 「主語を大きくし過ぎない」 どんなに難しいことを学ぶ時にもあくまでそれは自分にとってどんな意味をもつのかという視点で考えるというスタンス。違う文脈かもしれませんがテマヒマの哲学カフェでたまにお伝えする「小さな主語」という点にも通じます②バランスの原則 「極端に走らない」 人類の歴史においては極端な意見が悲惨な結果をもたらすことが何度も繰り返されてきました。極端な主張や分かりやすさが受ける今に警鐘を鳴らしたり、多用性や寛容さの重要性を主張している通り、同意です。③希望の法則 「脱力系の教えに安心しない」 安易に「あなたのありのままでいい」「成功に囚われてはいけない」という脱力系のアドバイスすることなく、絶望の中にも希望を見出す努力を徹底する。人文知を人生を活かすためとは、ありますが、それだけに留まらないなぁと思ってご紹介させて頂きました。③は一瞬分かりにくいのですが、僕なりにちょっとずらした別の話を。民俗学者の宮本常一は確か渋沢敬三に民俗学者としてのありようとして「舞台に主役にならないこと」を言われたと言います。舞台の主役にいると、大事なものを見落としてしまうと。主役になれなくても舞台から降りず、舞台にいることを諦めない姿勢も大事かんと思います。違うか?笑ちなみに、一昨日の「直線」というタイトルのブログでご紹介したように、この本では資本主義における構造的しんどさ(=追われている感覚)と資本主義の構成要素を説明した後、それらとの「距離感」が大事であると〆る訳ですが、この「距離感」というワードも僕自身とても意識しているところです(前述のバランスというのとも通じますが)テマヒマでもお取り扱いさせて頂く、小倉ヒラクさんの新著「僕たちは伝統とどう生きるか」の23日発売開始を前に、小出しに関連した内容のブログをここ最近書いていますが、結果的に密かに「資本主義と、生きていく。」からの内容も「継手」「直線」というタイトルのブログ、そして今回とご紹介することになってました。。。「僕たちは伝統とどう生きるか」「資本主義と、生きていく。」”生きる”というワードを二人の著者が選んでいるのは偶然でしょうか?ほぼ同時期に”生きる”というワードが入った書籍を選んで読んでいるというのは偶然でしょうか?テマヒマは先程本日の営業終了しました。お越し頂きました皆様ありがとうございました。妊婦のお客様、赤ちゃん連れのお客様が多いで、可愛い赤ちゃんたちに癒されました。ランチで満席の為お断りしてしまった皆様申し訳ございませんでした。明日も11時オープンで皆様のお越しをお待ちしております。ランチの11時半,12時のお時間はご予約で満席となっていますので少し遅めにお越し頂くのがおススメです。12時以降のお時間はお料理の確保予約(お席は空き次第のご案内)も承っております。それでは明日も好いモノ、好いコト、好いトキをテマヒマで。今日も一日お疲れ様でした。好い夜をお過ごし下さい。2026.04.17 10:53
丸米こんばんは。民藝と発酵をモノサシに食を通して暮らしの豊かさを提案する古民家セレクトショップ&カフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。マルコメさんの発酵系WEBメディア「発酵美食」さんに撮影取材頂いた記事が本日公開されました。タイトルは『居心地の良い古民家で発酵と民藝が繋がるセレクトショップ&カフェ「テマヒマ」』。よくこのテマヒマブログでも書いているように開店8年目ともなりますと、新店では勿論なく、逆に老舗的でも無いので、メディアに取り上げられることは少なくなっていて、3月に哲学対話・恩送りチケット開始1年を目前に無料プレスリリースをしましたが特に取材依頼とかはありませんでした。今回「発酵」に特化した、専門的なWEBマガジンでご紹介頂けたこと本当に嬉しく思います。時系列的にはこの撮影取材よりプレスリリースが後となります。まずは、リンク先の記事をご一読頂ければと思います。2026.04.16 13:31
直線おはようございます。民藝と発酵をモノサシに食を通して暮らしの豊かさを提案する古民家セレクトショップ&カフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。23日販売!講談社現代新書「僕たちは伝統とどう生きるか」(小倉ヒラク)。テマヒマブログでは、「保守」「血統」「隣合」というタイトルで、その内容に触れ過ぎず、敢えて派生したことを書いてきました。今日のブログもそんな感じなのですが、それほどにこの本は広く深いだけでなく、きっかけに色々なことを考えさせられる1冊なのです。「伝統」というものを考えるのに、ヒラクさんはそもそも「歴史」とは?というところから考え始めます。「過去」と「現在」という別の世界がある(或いは自分が生きている世界とば別の考え方やルールの世界がある)という認識はいつ生まれたのか?「歴史意識」が生まれ、「歴史」を発明したのは18世紀後半であり、「伝統を守る、守らければならない」という考えはここ200年のトレンドだという話。時間の流れについてまで考える、言及する。壮大な展開です。お恥ずかしがら、ここで出てくるドイツの哲学者ガダマーのことは存知あげませんでしたが、ヒラクさん流に分かりやすく解釈して書いて下さってるので、ご心配なく(?)。少し前に読んでいた、『資本主義と、生きていく。~歴史と思想で解き明かす「構造的しんどさ」の正体』(品川皓亮)の中でも時間の流れについて考えさせられる章がありました。同書によると、資本主義におけるしんどさ=追われている感覚には、時間、成長、数字、労働、お金、消費の6つの追手がいるとして、またそれはそれぞれ資本主義の構成要素である、分業、イノベーション、金融、資本、商品、市場と関連があるとしています。その追われている感覚は社会の仕組みそのものから生まれてきたもの。過去→現在→未来と直線的に時間をとらえる感覚は、キリスト教的な価値観により生まれ、それまでは循環的な時間感覚だったそうです。キリスト教の普及とともに世界に広がり、日本にももちこまれます。ミシェル・フーコーは「監獄の誕生」の中で身体的に時間感覚が刻みこまれ、精神的に時間を守る心構えを作り出すことで、時間に調教された「従順な身体」をもつ人間になると指摘しました。現代人はさらに時間に支配されていて、時間に追われている感覚、便利になったはずなのに「時間が足りない」感覚があります。この過去→現在という直線的な時間感覚について、僕は現在→過去という時間感覚も人は持っていると思います。僕個人のことで言えば、今「テマヒマ」というお店を営んでいますが、前職時代、新規事業を立ち上げたこと、カフェカルチャーを意識したアパレル企画をやっていたこと、ネット関連の仕事をしたこと、大人数のチームのマネージメントをしていたことなどを振り返って、今との繋がりや関連性、あるいはその反動を見つけ、意味づけていく。おそらくスティーブ・ジョブスが言っていた「コネクティング・ドッツ」ということと同じか似たことかとは思いますが、時間の流れとしては過去→現在ですが、現在からみた過去を見て過去を捉え直すことは皆さんもよくありませんか?歴史というものに広げても、現在というところから見て歴史を捉えているので、歴史は時代時代で書き換えられることは往々にしてありますね。伝統についても同様に思います。先日皇統のことも書きましたがその一つかもしれません。写真は、先日お土産で頂いたお煎餅のパッケージ。「伝統」はプロモーション的に使われることもありますね。「伝統」ってなんでしょうね?さて本日より、小鹿田焼黒木昌伸窯メイン特集或いはミニ個展スタートです。11時オープンで皆様のお越しをお待ちしております。メイン特集案内文を再掲しておきます。峠を降りて村に入れば耳に聞こえるのは水車の響きである。焼物の土を砕くのである。音の間はいたく長い。大きな受箱が少しの水を待っている。急ぐ用もないのである。待ちどおしく思うのは吾々の心だけと見える。だがこの緩かな音があってこの窯があるのである。(略)この窯には時代が無いのだと云った方が早い。思いようによっては正に時代遅れの窯である。それを誇る人もあろうが不思議なことには最も進んだ科学が産むものより、兎も角美しい。(日田の皿山/柳宗悦 1931年9月)小鹿田焼・黒木昌伸窯より、今年も器が届きました。人気のテマヒマ的定番も押さえつつ、別注も含め、テマヒマ初登場!のものを中心に注文させて頂きました。食卓登場回数の多いサイズやカタチが数多く揃ったかと思います。技法・模様を掛け合わせながら、それでいて奇を衒うことのない器。自己主張する訳ではないのに個性が滲み出るような器。それは昌伸さんのお人柄からくるものでしょうか。毎年書いていますが、小鹿田焼は自分にとって民藝を意識して初めて買った器であり、皆さんにとっても民藝や手仕事のの入り口やきかけになればと思います。是非お手に取ってご覧下さい。皆様のお越しをお待ちしております!2026.04.15 22:28
保守おはようございます。民藝と発酵をモノサシに食とを通して健やかな暮らしを提案する、古民家セレクトショップ&カフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。「血統」という回に続いて、テマヒマブログにしては珍しく?政治ネタ(?)です。今日も小倉ヒラクさんの新著「僕たちは伝統とどう生きるか」を読みながら、「保守」ということについて考えていました。ヒラクさんの著書に書かれていることではありません。「保守」というと、「右」とか「復古主義」とか「愛国心」とか「排外主義」とか強い「国家観」や「道徳観」そういったイメージで語られます。本来の「保守」は、啓蒙主義に対するカウンターというか、人間は不完全なものなので、理性による急進的な改革や革新ではなく、時代に合わせて柔軟に漸進的に変化すべきという考え方。参議院選挙中に「限られた人のためのオーガニックは私たちの目指す世界ではありません」という声明に賛同する際に、政治学者・中島岳志さんの「保守」論をテマヒマブログでもご紹介させて頂きました。人間は不完全なもの、間違いを犯すかもしれないと考えるなら、普通は独裁には進まないし、みんなでじっくり話し合おうとするでしょうし、他者の価値を否定したりせず寛容であろうとするように思います。リベラルと保守は反対概念にように言われますが、中島さんは「リベラル保守」という言い方をするように、相容れるものです。僕が思うに、民藝や発酵をモノサシとして導かれるは「寛容さ」であり「多用性」であり、中島さんの言うところの本来の「保守」と共鳴するところです。投票権を得てから30年強、自民党が圧勝した選挙も含め、所謂保守政党に投票したことはありませんが。。。小倉ヒラクさんの新著で「伝統」ということについて、「大文字の伝統」と「小文字の伝統」と区分して考えることを提唱しています。テマヒマでの哲学対話・哲学カフェで僕はよく「小さな主語」ということを言っているので、全く別の文脈ですが、とても共感があり、この「大文字」「小文字」の伝統という整理はとても分かりやすいです。詳細は23日からテマヒマでも販売開始予定ですので是非読んで頂きたいのですが、伝統=保守という訳ではありませんが、ヒラクさんの言う「小さな伝統」と中島さんの言う「本来の保守」がとても近く感じられ、今回のブログとなりました。conte pop up shop は本日最終日です。今日も11時オープンで皆様のお越しをお待ちしております。ランチの11時半、12時のお時間はご予約で満席となっていますので少し遅くお越し頂くのがおススメです。尚、本日は1時間早い17時閉店とさせて頂きます。conte製品のお取り置きや通販のお問合せも本日17時までとさせて頂きます。それでは好いモノ、好いコト、好いトキをテマヒマで。今日も好い一日を。2026.04.12 22:25
根拠こんばんは。高槻市にある、民藝の器、暮らしの道具、食に関する古書のセレクトショップ、お味噌や発酵食品中心のカフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。月イチ朝カフェ「哲学対話の時間」(哲学カフェ)の「問い」のコミュ力とは?に関連して、日経新聞の「何でも言語化する社会」という記事を「言圧」というタイトルのテマヒマブログでご紹介しました。「言語化、言語化、言い過ぎじゃね?」って。2026.04.12 15:05
血統こんばんは。民藝と発酵をモノサシに食を通して健やかな暮らしを提案する古民家セレクトショップ&カフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。昨年大ヒットした映画「国宝」。「その才能が、血筋を凌駕する」というキャッチコピーが付いていたように、テーマの一つは血筋か?才能か?ということがあったかと思います。小倉ヒラクさんの新著「僕たちは伝統とどう生きるか」の中で、関東のある醸造蔵の襲名制度を取り上げています。歌舞伎の場合だと芸名を襲名しますが、その蔵では代替わりする時に戸籍まで実際に変えてしまうそうです。テマヒマでもお取り扱いさせて頂いている瀬戸本業窯でも代々水野半次郎を襲名して戸籍まで変えています。八代目後継雄介さんには娘さんしかいらっしゃらないので、この不文律も変わっていくかもしれません。伝統を守る上で重要な役割を果たしている「家」。ヒラクさんはそれは血統に紐づいていなくて空間=場所に紐づいていて、家の主体は「血」ではなく「手」だと「僕たちは伝統とどう生きるか」の中で指摘します。一子相伝が言われる大分の小鹿田焼でも、確かに親子孫と継がれていますが、大事なのは師弟として継がれていく技や土、釉薬、窯、、、家や土地や風土であり、それが生まれる土徳かもしれません。ちなみにワインなどで使われる言葉「テロワール」より土徳は広義だと思っていて、新著でヒラクさんが「手」ロワールという表現をしていたのが印象的です。血統について、ヒラクさんは新著で、退けられるべき伝統として真っ先に挙げなければならないと述べています。「生物学的には血統に純粋性は存在しない。しかし存在しないからこそ、でっちあげることが可能になる」。この章を読んでいる時、直接関係ない話ですが、僕は皇位継承問題について考えていました。男系「男子」となったのは明治以降の皇室典範においてで、歴史を遡れば女性天皇もいたわけだから、「今」という時代を考えても、まず女性天皇の即位は可能とすべきだと思います。「男系」のみで継いできたという物語が本当にそうなのか?という気もしますが、もし仮にそうだとして男系を維持するために皇統が途絶えるようなことがあっても、男系男子を主張する人はそれを受け入れるのかしら?という疑問があります。おそらくそのため出てきただろう旧宮家の男子を養子縁組する案。象徴天皇に対する信頼なり安心なり敬意なりは、天皇になるべくして教育も含め育てられた方、その成長を国民が見守ってきた方からこそ生まれるものであって、血筋だからといってかなり遠縁の方が急に皇族とか天皇とかってなっても得られないのでは?と思えてなりません。伝統ということにも繋がりますが、何を大切にするか、何を変えるか、何を変えないか、ということですね。あくまで、太田準個人の見解です。継承、承継ということについて言うと、僕たち夫婦には子供がいませんのでテマヒマというお店を血統的に継いでいくということもありませんし、誰かに継いでもらってテマヒマというお店を残したいという強い意思もありません。でもテマヒマ的な場所はあったらいいなと思うし、テマヒマ的な考え方は残ったり、広がったりして欲しいなという想いはあります。小倉ヒラクさんの新著「僕たちは伝統とどう生きるか」は、本当に多くのことを知り学べる本であり、同時にこの本を基点に多くのことを考えさせられる本でもあります。23日から発売開始予定。是非ご期待下さい。こんなブログを営業中に書けるほど、本日のテマヒマはのんびりゆったりした店内。窓・戸全開で営業できるぐらいの陽気。いや逆にこの陽気だから皆さんお花見に行かれてるとか?明日も現時点ではご予約はお二組のみでお席にかなり余裕がございます。conte pop up shopは残り2日。明日も11時オープンで皆様のお越しをお待ちしております。それでは明日も好いモノ、好いコト、好いトキをテマヒマで。今日も一日お疲れ様でした。好い夜をお過ごし下さい。2026.04.11 06:54
群像こんばんは。高槻市にある、民藝の器、暮らしの道具、食に関する古書のセレクトショップ、お味噌や発酵食品中心のカフェ テマヒマ プロデューサー,バイヤーの太田 準です。月イチ開催・参加している兵庫県民芸協会の読書会では、「新編・民藝四十年」(柳宗悦)を順に読んでいっています。協会員向けイベントなのでどなたでも参加出来る訳では無いですが、民藝に興味がある共通項はありつつ、様々な立場の方が参加しているので(テマヒマの哲学対話同様)違う読み取り方、感じ方があって、広がり、深まる感覚があります。1年続けてきて、同じことを言い方を変え繰り返し畳みかけてくる柳節とも言える文体も馴染んできました。ちょっと癖になってきたかも?特にこの読書会が良いと思うのは、民藝好きではあっても、柳宗悦の言うところを妄信する訳ではなく批判的にも読めているところ。これまで読んできて、柳って自分より前に既にある見方、価値、権威に対しては批判的で容赦なく攻撃するよね~っていうのはよく共通して話題になる話。河井寛次郎の柳宗悦評として「歩いたあとが道になる人」という言葉がありますが、その前には「道を歩かない人」とあって、「人の歩いたあとの道は歩きたくない人」と言いたくなります。よくお店の「オリジナリティ」ということをテマヒマブログでも書いていましたが、開店前・開店当初と違って、「オリジナリティ」は作るものではなく、生まれるものという心境に至りました。そして編集や組み合わせによりオリジナリティは生まれるとしても、真にオリジナルなものなど最早無いのでは?凡人の自分から生まれ得ないのでは?とも思います。「気が付いたら人の歩いた道を歩いている人」きっと誰かが既に歩いた道を歩いていて、でもその歩き方が違うことで見える景色がきっと違ってくるのでは?と考えています。少し前に朝井まかてさんの「グロリアソサエテ」を読みました。そして今は丸山茂樹さんの「黒田辰秋 千年の椅子」を読んでる途中です。後者はとても面白いのですが、途中並行して何冊か読んでしまった為に中断中・・・。両方とも民藝運動を描いた小説でおススメなのですが、柳の論考を読み進めながらだと尚更これが良いのです。先に挙げた2冊でも「上賀茂民藝協団」の描き方が微妙に違ったりして、どれぐらい脚色されたり、フィクションが入ったりしてるかは分かりませんが、柳宗悦、濱田庄司、河井寛次郎といった人物がより人間味をもって、生き生きとリアリティをもって感じられるようになるので良いです。あとはご存知の方も多いかと思いますが原田マハさんの「リーチ先生」や「板上に咲く」とかも。何年か前に劇団民藝の舞台「SOETSU」を観に行ったこともありますが、民藝界隈の話ってあまりドラマ化とか映画化とかされていない印象があります。勿論柳宗悦という傑出した中心人物はいますが、本当に多くの人物が登場し、関係して、広がっていくので大河とか、朝ドラとかだと面白いのでは?と個人的には思います。かなり個性的な、なんだったら癖強な人物がいっぱい登場しますし。群像劇好きで得意とされてる三谷幸喜さんとかご興味ないですかね?「僕たちは伝統とどう生きるか」(小倉ヒラク)「資本主義と、生きていく。~歴史と思想で解き明かす「構造的しんどさ」の正体」(品川 皓亮)も読み終わったところで、そろそろ「黒田辰秋 千年の椅子」に戻ろうかな。でもヒラクさんの本も読み返したいし、積読になってる本もあり・・・。テマヒマでもお取り扱いし強力プッシュしていく「僕たちは伝統とどう生きるか」については、昨日も少し触れましたが、今月末の販売開始前後でまたブログでもご紹介していきたいと思います。本当におススメです!!今日は雨天にも関わらず12時からカフェタイム終了までお客様が途切れることなく、お1人から10人の団体の方までお越し頂きました皆様ありがとうございました。ランチは本日から台湾素食魯肉飯(ヴィーガン・ルーローハン)がメインの新メニュースタート日ですが、ある時間帯、店内の9割のお客様が男性という開店以来初めてのことがあって新鮮でした。明日からconte pop up shopも残り3日。本日売り切れたまかないボウル(小)も先程追加入荷(ハンドキャリー)しました。明日も11時オープンで皆様のお越しをお待ちしております。ランチの11時半、12時のお時間はご予約で残り9席とお席に余裕がございます。それでは明日も好いモノ、好いコト、好いトキをテマヒマで。今日も一日お疲れ様でした。好い夜をお過ごし下さい。2026.04.10 11:44