Hitoshi Ota

2018年3月末22年勤めた会社を退職しました。
「暮らし、味わう。」をテーマに
食のセレクトショップ&カフェ テマヒマ
OPENに向けて準備中の45歳です。

記事一覧(367)

胡桃

おはようございます。暮らし、味わう。食を通して豊かなライフスタイルを提案する古民家カフェ&セレクトショップ テマヒマプロデューサー,バイヤーの太田 準です。一昨日、昨日とテマヒマのランチタイムに大変たくさんのお客様にお越し頂きありがとうございます。メインメニューが揚げ物の時はご提供に時間がかかりがちということはありつつも、何かあった?ぐらい大変たくさんのお客様と混雑混乱ぶりでした。昨日も15時まではそんな店内でしたが15時からは全く違ってのんびりとゆったりと。テマヒマの印象は来られる時間によって、あと平日と週末とで全く違う店のように感じられることと思います。昨日、そんなのんびりした時間帯にご年配の女性のお客様がいらっしゃって、テマヒマで販売するの器を見て「くるみさんのようで素晴らしいわね」と仰ってました。昨日ではないですが、コアな民藝ファン(という言葉が適切かは分かりませんが)のご年配の男性からも「くるみさんが無くなってしまったから、こういう店(テマヒマのこと)が出来てすごくうれしい」と言われたこともありました。タイトル画像はインスタの個人アカウントに昔アップしてたのを探して使ったものですがくるみ民芸店さんはJR高槻駅と阪急高槻市駅の間にあった老舗民藝店さんですが、2015年に女性店主さんが亡くなったことで先代から続いた45年の歴史に幕を閉じました。お店もその後更地になり現在は不動屋さんに変わってしまいました。閉店セールの際、商品を見せて頂いたら、民藝館!?ぐらいの本当に素晴らしいものがあったりとビックリしました。というのもお店の前を何度となく通っていたのに、入りづらい雰囲気というか、正確には入った後の居づらい雰囲気があって、何度かしか店内に入ったことがなかったからです。亡くなったとか閉店するとかっていうことを聞いてもっと行っておけばよかった、もっとお話しておけばよかったと後悔したのを覚えています。くるみ民芸店さんが無くなってしまったのでテマヒマはそれを引き継いだなどというようなことは全く思っていませんが、そういう役割も担えるなら。ちなみにテマヒマにいらっしゃるくるみ民芸店さんのファン、お客様とは、くるみ民芸店さんの話や民藝の話で盛り上がるのですが、皆さん既に色々お品をお持ちだからか、ご年配だからか、お買い物はされない方が多いですね。昨年の今日のテマヒマブログ 飛翔の回で鳥取の岩井窯さんのことを書いています。岩井窯さんの工房・喫茶・参考館のあるあの敷地に行った時に感じた空気、山本さん御夫妻・ご家族との出会い・会話、テマヒマ店主(うちの奥さん)が岩井窯の料理教室に通ってたこと、いろんなことが後で振り返るとテマヒマに繋がってるような気がしています。その岩井窯さんもくるみ民芸店さんで個展をされていました。

組織

おはようございます。暮らし、味わう。食を通して豊かなライフスタイルを提案する古民家カフェ&セレクトショップ テマヒマプロデューサー,バイヤーの太田 準です。昨日、一昨日に続き前職の昔話から始まり、今の課題につなげるシリーズ(?)第三弾。むかーし、当時人事の担当だった同期と飲みに行ったら必ずといっていいほど論争になったこと。「誰がやってもうまく運営出来るようにするのが組織だ」という同期に対し「組織の中で誰がやっても一緒だったら自分の存在価値はない」という僕。のちに、世間で言う所の管理職となり(管理する気がさらさらないので管理職という言葉は合ってないですし嫌いですが)、チームを率いるようになって、テマヒマブログでよく書いてきたように、チームの方向性を示し、考え方を共有しながら、出来るだけメンバーに任せ、動きやすい環境を作り、その成長を見守る、そういうマネージメントスタイルに収斂していきます。よく「太田さんチームは自由でいいなぁ」と周りで言われていましたが、自由というのは責任を伴うことでメンバーの人は大変だったと思います。後で考えると、その同期との論争は、メンバーの個性・持ち味を引き出しつつ、でもそのメンバーがいなかったら回らないというのではマズイわけで、ちゃんと補い合える状態は作っておくべきということで、相反することでも矛盾することでもなかったことに気付きます。僕は、元来、チームで仕事をするのが好きです。それが嫌いで組織を離れたわけでは決してありません。チームでメンバーの強みを生かし、弱みを補い合う。自分が得意なこと、不得意なことがはっきりとしてることもあり孤独に弱く寂しがり屋なこともあり、チーム(それは具体的・永続的なものだけてなく擬似的•短期的なものも含め)を必要としています。紹介や加入というブログでも書いてきましたが、テマヒマは、4人のメンバーと店主(うちの奥さん)と僕の6人のチームとなりました募集をしてではなく、いろいろなご縁があって集まった6人です。会社組織のような採用活動を経ているわけではありませんから出自も様々で得意なこと、個性も様々なメンバーです。出会えたことご一緒出来たことに感謝しています。我々夫婦のテマヒマではなく、メンバー全員のテマヒマとして、共にテマヒマを作り上げていきたいと思います。ブログタイトルを組織としてみましたがあまりしっくりいってません。会社組織における組織というより寧ろ、縦糸×横糸の織物で言う組織、細胞とか生物学的な組織に近い感じにも思えます。

切取

おはようございます。暮らし、味わう。食を通して豊かなライフスタイルを提案する古民家カフェ&セレクトショップ テマヒマ  プロデューサー、バイヤーの太田 準です。今から20年以上前90年代のことですが、前職でファッション担当のバイヤーでした。イメージマップを作成して、お取引先様に企画の世界観をプレゼンして商品提案(デザイン画)を頂くみたいな手順でお仕事をしていました。今のようにネットで画像を集めるとか、マップを画面上で制作するのではなく、雑誌などを切り取り貼り付けるという超アナログな世界。その後別の部署に異動したら、もっと具体的でサンプル購入してそれを見ながら商品開発するみたいな手順でやってて同じ会社ながら全く違ってビックリしたのを覚えてます。前者は自分がやりたいことがうまく伝わらないリスクはあるが、うまく引き出せれば自分の思ってる以上になる可能性があり、後者は自分のやりたいことが実現できるが、自分が思ってる以上になる可能性は無い又は少ない。色んな前提を割愛してかなり単純化すると、そう比較説明出来ると思います。テマヒマの店内の商品は大きく言うと二つの方法で品揃えられています。買い付けと注文と。前者は窯元さん作家さんのところに行ってそこにある在庫から商品を選ばせて頂くもの。後者はそのままですが商品制作を依頼するもの。注文についてですが、こういうものをお願いしたいと具体的に依頼することで、自分が思っているような商品が上がってくる、納得の品揃えになるのですが、別注を除くと、依頼する内容がどうしても自分が見たことのある自分が知っているその作家さんの作品(つまり過去のその作家さん)になってしまいその方の「今」を切り取れていない、引き出せていないということが起こりかねないなぁと危惧しています。昨年の今頃、器の買い付けを始めた頃、多くの窯元さん作家さんが、お店の個展のスケジュールでビッチリでそれに向けてそれに追われてらっしゃるようなケースもあるなぁと感じ、個展はその作家さんの商品を押える、その方の時間を押える役割もあるなぁと思ってしまったりもしましたが、その方の「今」を感じられることこそが、個展の意味だなぁと改めて思う今日この頃です。テマヒマには未だ個展をお願いする力もあとスペースもありませんが。。。オープン前に仕入れたもので売り切れたもののうち定番的な物を中心に随時追加生産をお願いしていますが、そろそろ新たな商品の注文をしていきたいと考えています。未だ店内豊富に商品がある状態ではありますが先を見越して。出来るだけその方の「今」を切り取る、引き出すやり方を考えつつ。そして現在、僕は完全にお店に張り付いてる状態なのでどのように窯元さん・作家さんのもとに行こうかと思案してたりします。引き出すということから、引出というタイトルにしようかと思ったら引き出しという意味で既に使っていました。

万博

おはようございます。暮らし、味わう。食を通して豊かなライフスタイルを提案する古民家カフェ&セレクトショップ テマヒマ今日は火曜日で定休日!プロデューサー、バイヤーの太田 準です。2025年、万博が大阪で開催されます。決まった時(の主に報道)に何か違和感があったのですがそれが何だかは分かりませんでした。「いまさら万博?」みたいに斜に構える感じでも特にはなく。で最近それが何か分かりました。嵐が来年で活動休止というニュースの中で、それによる経済効果(この場合は経済損失)が〇〇億円みたいなことが触れられていて、万博の報道がどういう票数で勝った負けた、その経緯と万博誘致の経済効果みたいなことが中心でどんな万博みたいなことは皆無だったように思います。いつからなんでしょうね?なんでもかんでも経済効果とかを言うようになったのは?なんでもかんでも金額換算するようになったのは?しかもわりとアバウトな計算だったりもしますし。堺屋太一さんが亡くなりました。団塊の世代という言葉の名付け親でもあり、作家でもあり、経済企画庁長官でもあり、若手通産官僚時代に、1970年の大阪万博の企画をしたことでも知られています。昨年の日経新聞のインタビューにおいて次の万博を通して「面白いワクワクする日本を目指してほしい」と、低意欲社会になっているのでは?と現在の日本に危機感を持ちつつ語っていたといいます。「万博は新たな時空間を提供する場所だからプロデューサーには新進気鋭の若手を」とアドバイスしていたようです。テマヒマブログ 太陽 の回で、今後、岡本太郎による太陽の塔のような”べらぼうなもの”は生まれ得るのだろうか?ということを書きました。兎角、協議し調整しがちな今の社会では新しいもの面白いものが生まれにくい窮屈さがあるとも。